「あんたがいてくれて良かった」私の心を掴んだ毒母の弱音。そして始まった母娘の共依存(8)

#くらし 
お母さんには私がいないとダメなんだ…

『毒親絶縁日記』8話【全12話】


いま、自分の子どもを思い通りにコントロールしようとする「毒親」に悩む人が増えています。勉強や友達関係など、子どものためを思ってアドバイスすることはもちろん大切ですが、子どもが窮屈に感じているのなら、それは過干渉にあたる可能性も。

『毒親絶縁日記』の著者・北瀬ユズさんは毒親に育てられ、子どもの頃は常に母親の顔色をうかがい、「母の機嫌を損ねないようにすること」が行動の基準だったといいます。

親としての言動や繊細な子どもの気持ちについて考えさせられる、北瀬ユズ著の『毒親絶縁日記』から「『あんたがいてくれて良かった』私の心を掴んだ毒母の弱音。そして始まった母娘の共依存」をお送りします。

北瀬さんのエピソードの数々には胸が締め付けられますが、一度立ち止まって親子関係を考えるきっかけになります。

※本作品は北瀬ユズ著の書籍『毒親絶縁日記』から一部抜粋・編集しました

父が勤める会社の社宅に住み、父と母の三人家族で育ったユズさん。
当時は平凡な家庭だと思って過ごしていたのですが…
大人になり、自分の親が「毒親」だと気づき絶縁することに。

ユズさんは笑っていたかと思いきやいきなり怒鳴り出す、とても感情の起伏の激しい母のもとで育ち、物心がついた頃から母親の機嫌を損ねないよう常に母親の顔色を窺って過ごしていたそうです。
幼いころには、怒り出した母に服を脱がされ下着姿で寒空の下に放置されたことも…。そんな時でも、父親は一切口を挟まず我関せず。

疑問を感じながらも、親のひどい言動を受け入れながら過ごしていたたユズさん。
ある日、2人の祖母のお見舞いや介護でストレスが限界に達してしまった母親が突然倒れ、救急搬送されてしまいます。母親はストレス性の過換気症候群と診断され、ユズさんは体調の悪い母親を介抱し、家事も行うようになっていました。

あんたがいてくれて良かったわ

共依存の始まりだった

過呼吸の症状が出ることは少なくなった

この口座に入れておいたから

私頑張るよ…


自分の思い通りにならないとイライラしている母には疑問を抱えていたユズさんでしたが、病気で弱った母親にかけられた「あんたがいてくれて良かった」という言葉が心に響いてしまいます。
無条件に親を愛する子どもの気持ちが、親に縛り付けるものとならないよう、注意したいと考えさせられます。

著=北瀬ユズ/『毒親絶縁日記』(ぴあ)

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