森のなかの診療所でお料理? 訪れる人の「くすり」になる料理をつくる異色のセラピー小説が誕生

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家事に育児に仕事に…私たちの毎日にはやることがたくさん! 長らく本を読んでいないな~という方も多いのではないでしょうか。
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今回は、話題の書籍『キッチン・セラピー』をご紹介します。

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『キッチン・セラピー』


自分のために料理を作り、それを食す。そんな時間ほど、自分自身と向き合えるものはない。どの食材で、何を作ろうか。自分が喜ぶ料理は何だろうか。そうやって考えを巡らす時、私たちはいつの間にか自分自身をいたわっている。他人にばかり気を配る毎日の中で、自分の心の声を聞く。そんな時間が、今の私たちには必要なのかもしれない。

そんなことを思わされた小説が『キッチン・セラピー』(宇野碧/講談社)。2022年『レペゼン母』で第16回小説現代長編新人賞を受賞した宇野碧さんによる最新作だ。料理をする時間は、私たちの心の「くすり」になる。この本を読むと、そんな確信が私たちの胸に宿る。そして、すぐにキッチンに立ちたくなる。誰のためでもなく、自分の料理をしたくなるのだ。

「よくあるお料理もの」をイメージしてこの本を開けば、その予想は大きく裏切られるだろう。物語の舞台は、森の中にある町田診療所。金だわしのようにもじゃもじゃと広がる黒い髪、カフェオレのような色の肌を持つ、国籍不明の男・町田モネが営むこの診療所では、訪れる人の「くすり」になる料理を一緒に作る、不思議なセラピーが行われている。たとえば、人生の迷子になってしまった男子大学院生は、診療所を訪れても、何の説明もカウンセリングもないまま、いきなり木べらを渡され、玉ねぎを炒めることになった。

「声を聞いただけでわかるんです。あなたにはカレーを作る必要があるんです」

「ここが診療所なのは、台所は人を癒やす場所だからです。でも間違えないでくださいよ。癒やしっていうのは、お金を払えば受けられるサービスじゃないんです。覚悟が必要なことなんです。くすりだって、人からもらえるもんじゃない。自分でつくらなきゃだめなんです」

そんなモネの言葉に導かれて、大学院生は、カレーを作り始める。ページをめくれば、エキゾチックで鮮烈なクミンやターメリックなどのスパイスが香ってくるかのよう。だが、カレーが出来上がるまでの道のりは決して容易くない。モネは、大学院生にほとんど何も教えてくれない。

料理は選択の連続。人生に迷い、何かを決定する力を失っている大学院生にとって、どんなささいなことでも「決める」「選ぶ」ということはどれほど難しいことか。おまけに、モネはトンデモないモノをカレーに入れるように指示する。読者だって、その指示には、思わず「うわ…」と声を出しそうになるだろう。だが、何かを煮込んでいる時間は、たっぷりと物思いの時間を与えてくれる。そして、カレーの混沌は、一風変わった食材も、誰かの悩みも、その人の半生も、すべてを飲み込んでしまう。

この診療所を訪れる人々は、皆、モネに導かれて料理を作っていく。美味しい料理が食べた人の心を癒す物語は数多くあるだろうが、この物語では、その料理を、救いを求める人自身が作り上げるのだ。それもその料理は、自分自身と向き合うための、とっても変わったものばかり。家事と仕事と子育てに追われて、自分を見失っていた母親は「彼女にとって」一点の曇りもなく完璧なマンゴーパフェ、周囲の友人たちのライフステージの変化に思い悩む女性医師は、生きる力を取り戻すためのジビエ料理。彼らはそれぞれの料理と向き合う中で、次第に本当の自分を取り戻していく。そして、彼らが前を向けるようになった時、私たちの心の中にも、爽やかな風が駆け抜けていく。

「忙しくて料理をするヒマなんてない」「家族のことを考えなきゃならないのに、自分のための料理なんてしていられない」なんて思っている人もいるかもしれない。だけれども、この本を読み終えた時には、きっと、何かを作りたくなるはず。現に私がそうだった。疲れ切っている自分に、まさかそんな気力が残されていたなんて驚きだ。もしかして、この本が私に栄養を与えてくれたのだろうか。すべての料理は私たちの「くすり」になる。そんなことを教えてくれるこの本は、きっとあなたの心も、そっと癒してくれるに違いない。

文=アサトーミナミ

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