「私の体をどう思うかは、私だけが決められる」下着で人生が動き出す…話題作「ランジェリー・ブルース」対談

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 伊勢丹新宿店マ・ランジェリーの初代ボディコンセシェルジュの松原満恵さん、著者のツルリンゴスターさん、インタビュアーのランジェリーライター・川原好恵さん

下着専門店の試着室で起こる女性の心の変化を繊細に描いた作品『ランジェリー・ブルース』。SNSを中心に話題を集め、登場人物に共感する声が数多く寄せられています。

今回、作者のツルリンゴスターさんとこの作品の監修である伊勢丹新宿店マ・ランジェリーの初代ボディコンシェルジュ*の松原満恵さん(2015年に退職)の対談が実現。インタビュアーは国内外の下着を25年以上取材するランジェリーライターの川原好恵さんです。反響の大きかったシーンにまつわる裏話を、お二人にお聞きしました。

*現在の名称はランジェリーコンシェルジュ

作品あらすじ

『ランジェリー・ブルース』より

34歳、派遣社員の深津ケイ。派遣の契約満了間近の日々。7年付き合っているが「結婚」を言い出さない彼氏…。これから先もずっとこの生活が続くのかと悩んでいた彼女は、とある下着店で自分にぴったりの下着と出合い、新たな人生のステップを歩き出すことに。

  『ランジェリー・ブルース』より

人生を変える「出合い」を通して主人公の成長を描いていきます。

下着を性的アピールに使うだけのものだ、と言う呪い


『ランジェリー・ブルース』より

川原好恵さん(インタビュアー、以下:──):
『ランジェリー・ブルース』は、34歳で派遣社員から下着専門店の販売員に転職する主人公・深津ケイの心の動きや人間関係の描写が本当にリアルでしたね。

ツルリンゴスターさん(以下、ツルリンゴスター):
主人公・ケイと似たよう状況におかれている人も、近しい関係の人に流されてしまうという経験を持つ人もきっと多いと思います。ケイがそこから旅立つまでをじっくり描きたいと思いました。第4話で主人公・ケイの彼氏が派手な下着を着けたケイに向かって「似合わない、そんな下着。俺はそういうの好きじゃない」と言うセリフが出てきますが、同じようなことを言われた事があると言う声が多くありました。下着を性的アピールに使うだけのものだ、と思う人が、女性も男性も多いんですね。派手な下着ははしたないとか……。

『ランジェリー・ブルース』より

松原満恵さん(以下、松原):
下着は隠すものだという考えが、まだまだあるのかしら?

ツルリンゴスター:
その呪いは本当に強くて、松原さんにフィッティングしてもらうまでは私自身もそうでした。無意識な偏見、それを解きたかった。その呪いを解いて、初めて下着の話ができる、と思ったんですよね。セクシーな場面で使うにしても、「私がそうしたいから着ける。あなたに見て欲しいし、2人で雰囲気を楽しみたいから着ける」という主体的な選択ができる関係が大切、ということを描きたかったんです。

綺麗なものは綺麗なんだから「正しく見ろ」

『ランジェリー・ブルース』より


──次の第5話で、主人公がその彼氏に「あんたのためじゃなく、私のためにこれを着けてるの!」と言い放った場面は「よく言った!」と思わず拍手しちゃいました(笑)

ツルリンゴスター:
あのセリフには、読者の方から同じ反響が大きかったですね。あの場面を機に、作品が動き出した感じがします。

松原:
私は売場にいる時、最近は日本の男性もスマートな方が増えたな、と思っていましたよ。一番印象に残っているのは、結婚10周年にご主人から奥様にインポートのランジェリーをプレゼントされたご夫婦。伊勢丹新宿店のマ・ランジェリーは、男性は試着室に入れませんから、別フロアのワインバーでお待ちになって、商品が決まったら売り場に来てスッとお支払いをされていました。その奥様は、1週間後「すごく良かったから」と今度は自分で自分のために買い物にいらっしゃいました。

  伊勢丹新宿店マ・ランジェリーの初代ボディコンセシェルジュの松原満恵さん(2015年に退職)

本来、下着の買い物に男性を巻き込むって、すごく素敵なこと。男性は下着を見ちゃいけない、なんて事は全然ない。私は綺麗なものは綺麗なんだから「正しく見ろ」と言いたいですね。

ツルリンゴスター:
女性の下着を「正しく見ろ」というのは、また名言が飛び出しましたね!!

子どもの成長期の親との関係ってすごく大事

『ランジェリー・ブルース』より


──私は子育てと家事に奮闘する主婦・佐藤真美子が「プリスティン」に出会う第4話も大好きでした。「子どもが笑顔でいてくれれば…、私は充分頑張っている…」と思っているはずなのに、ママ友に嫉妬してしまったり、自分を癒やす手段を持てずにいる毎日を送っていた彼女が、下着に出合って変わっていきますね。

 著者・ツルリンゴスターさん

ツルリンゴスター:
あの佐藤真美子は、まさに私ですね。産後の体型の変化って、成長期の体型の変化と同じくらい、心がついて行かないんですよ。子育てがハード過ぎて、自分のために時間は使えないし、ただただ時間が過ぎていく。子どもを産む前の自分はどこかに置き忘れていて、どんどん自分が違うものに変わっていく……そんな状況に不安を持っているお母様方に反響が大きかったですね。真美子は、自分のバストにぴったり合う華やかなブラをケイに選んでもらい一度は納得するも、「今の自分のライフスタイルと合わないかも」と立ち止まる。その表情にケイが気づいて、オーガニックコットンでノンワイヤーの「プリスティン」を薦める。結果「(華やかなブラもナチュラルなブラも)両方買います!」というところが大事。

──そうそう、あの「両方買います!」というところがキモですよね。あと6話の「私の体をどう思うかは、私だけが決められる」というセリフも好きでした。

『ランジェリー・ブルース』より

   『ランジェリー・ブルース』より


ツルリンゴスター:
発達が早かったことで自分の体を肯定できなかった、ケイの友人の田﨑さんのセリフですね。

──田﨑さんは、思春期に体の発達が早かったけれど、親の理解を得られずに体に合った下着を身に着ける機会を得られず、自分の体は恥ずかしいものと思いながら成長するのですが、大学の友人に下着のフィッティングの扉を開いてもらうことで、自分の体を許すことができるようになっていきますね。

ツルリンゴスター:
読者から「親に下着を買ってもらえなかった」という感想をいただき、そういう現実は無視できないなと。だから、田﨑さんの話は、絶対にちゃんと描き切らないと、と思いました。私は性教育にとても関心があることもあって、子どもの成長期の親との関係ってすごく大事だと思っていたので。その一つの形として、その後の第7話では、母娘でファーストブラを買いに行く話を描きました。

下着を通して尊厳や権利が大切だと伝えられた

『ランジェリー・ブルース』より


──最近は、ボディポジティブとかセルフラブといった言葉をよく聞きますが、今の世の中、自分のことを肯定するってなかなか難しいですよね。

ツルリンゴスター:
うちの末っ子は5歳なのに「お母さん、もっと痩せなよ」とか「私、もっと痩せたいんだよね」と言うんですよ。人の体に対して、何か言うことが世の中で蔓延しているから、貧乳だとか巨乳だとかの言葉も出てくる。そういうのを、私は早く終わらせたいです!

松原:
人の感情だし、明確な答えは見つからないけど、それぞれが自分に自信を持てば、他人にとやかく言わなくなるのではないかと、私は思いますよ。そのためには、いい下着にめぐり合うことですよね。いい下着と言っても、それは「価格が高い下着」と言う意味ではないですよ。「これを着けているから今日は大丈夫」と思える下着。そんな下着を持っていれば、何かの時にその下着がそっと背中を押して、内側から自信が湧き出てくると思います。

『ランジェリー・ブルース』より

──最後にツルリンゴスターさん、あとがきに「私が下着について描く意味を自問し続けています」とありますが、答は見つかりましたか?

ツルリンゴスター:
私が描く物語は一貫して、「尊厳や権利は大切にされるべきもの」というメッセージを、実生活に落とし込む事を柱にしたいと思っています。尊厳や権利って文字にすると、ちょっと引くかもしれませんが、それは常に生活の中にあるもの。下着を通して、それを伝えられたんじゃないかと今は思っています。

インタビューを終えて……
私は『ランジェリー・ブルース』を読んで、下着がテーマであるものの「下着ってこんなに素敵なのよ〜」と煽らないところ、キラキラを強要しないところがすごく好きでした。その理由はツルリンゴスターさんの信念にあるのだと、今回のインタビューでよくわかりました。実は、私も社会人のスタートは販売員で、下着に興味を持つきっかけは接客でした。売場を舞台にしたこの作品が、多くの女性に寄り添い、多くの販売員さんにも読んでいただけることを願っています。


取材・文=川原好恵(ランジェリーライター)
イラスト・漫画=ツルリンゴスター

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