「夫は大嫌いでも、夫の好きなごはんを作る」ある主婦がひた隠しにする感情の裏側とは

#趣味   
今日も私は 大嫌いな夫のために料理を作る

令和2年度の司法統計によると、夫婦関係調停事件(離婚調停)の申し立て理由のうち、男女ともにランキングの1位となったのが「性格の不一致」。価値観や考え方の違いは、結婚当初は目をつぶれる程度だったとしても、生活を共にしていくうちに亀裂につながる…というケースは少なくないのでしょう。

『ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望』『消えたママ友』『妻が口をきいてくれません』など、数々の作品で知られる・野原広子さん。『消えたママ友』は手塚治虫文化賞短編賞を受賞。『離婚してもいいですか?翔子の場合』では、日々我慢を続ける妻と、そんな妻を虐げるようになってしまった夫の気持ちを両面から描き、注目を集め、2018年に出版された後のいまでも、多くの方に読まれ続けています。

いつも心の片隅に「夫と離婚したい」という気持ちを持っている専業主婦・翔子。登場人物のリアルな心情描写が巧みに盛り込まれたこの物語は、どうやって生み出されたのか。著者である野原広子さんへの取材を元に紐解いていきます。
※本記事は2020年4月掲載の取材記事を再構成し、編集したものです。

はたから見れば「幸せな家族」に映る家族。でも妻は夫が大嫌い。心に闇を抱える主婦が主人公となった背景

チーズのってたら100点だったかな

――レタスクラブという主婦向けの雑誌で「離婚」をテーマに書くことになったきっかけを教えてください。

野原広子さん「当時、私自身離婚について考えることが多く、タイミングよく編集さんから『離婚』をテーマに描いてみないかとご提案をいただきました。また同じ頃、ある集まりに参加していた女性のほぼ全員が離婚を考えながらも夫婦として生活を続けていると知りました。でも誰も離婚を実行していなくて、それはなぜだろうと思ったのがきっかけです」

おかずこれだけ?


――一見幸せそうに見えるけど、実は夫が大嫌いという主人公の姿はとても印象的でした。このようなモヤモヤを抱えながら生きている女性は意外と多いように思うのですが、このリアルさはどのように生み出されるのでしょうか?

野原広子さん「ある時、病院の待合室で具合の悪いおじいちゃんに優しく寄り添うおばあちゃんがいて、微笑ましいな〜なんて、なんとなく見ていたんです。すると、ご夫婦でちょっとした会話のズレがあったんでしょうか、旦那さんが急に奥さんのほっぺを軽く叩いたんですね。あっ!と思いましたが奥さんはいつものことなのか何事もないといった様子で。でも、旦那さんに見えないようわずかに悪態をついたんです。それがすごく印象的で、このおばあちゃんはもうずっと旦那さんのことが嫌いでしょうがないんだろうなって。仲が良さそうに見えるご夫婦からちょっとこぼれ落ちたものって、なんとなく印象に残っているんですよね。それを、拾い集めてみました」

オレに聞こえないようになにかつぶやいてる


――このお話を書いたあと、読者からはどのような反応がありましたか?

野原広子さん「自分が口に出せなかったことを主人公の翔子が言ってくれたと感想をいたただきました。第一話目からあるように『夫が大嫌い』と思っていても、決して口に出せない人は予想以上に多いようですね」

私は夫が大嫌い


――野原さんご自身は翔子のような主人公をどう思いますか?

野原広子さん「翔子のようなタイプの人間は自分に嫌なことをする相手に対して『怒る』とか『攻撃する』ではなくて『にこにこする』ということで自分を守っているのだと思うんですね。『にこにこする』ことで戦ってきて、でもそれだけじゃ限界がきてしまってそろそろ他のアイテムもなければ戦えないことにやっと気がついたんだと思います。心の中で夫の不満を呟くことしかしなかった翔子が自分と向き合って行動に移していく姿を『がんばれ〜!』って応援していました」

グチグチ

ゆっくり子育てできる翔子さんがうらやましいわ



うまく伝わらない、認められない。夫婦それぞれが孤独と不安を抱え、苛立っている

ウチのヨメなんか家事と育児 そんだけ


――一家を養うプレッシャーを抱える夫側の不満や苛立ちについても描かれていますね。

野原広子さん「子育てする中でママはふと孤独を感じることがあると思うのですが、じつは一家の大黒柱であるパパも孤独なのではないかと思います。孤独でも不満があっても一家を養うため仕事を一生懸命頑張ってる。でもどんなに頑張っても仕事して当たり前って思われてしまう。パパとママのどちらが大変なのかは横に置いといて、お互いに『ありがとう』と『お疲れ様』だけでも言ってもらえると少しは孤独が癒されるのではないでしょうか」

やめてくれよ説教とかグチとか


――近年は男性の育児参加についてより世間の関心が集まっているように感じます。このような時代の変化についてどう感じていらっしゃいますか?

野原広子さん「最近は男性が育児したり家事をするのが当たり前と言われるのをみて、本当に時代は変わったなと思います。『妻が家事育児をして当たり前』が『夫婦で家事育児をして当たり前』になるといいですね。現実的にはパパたちの仕事が忙しくて実現できなかったりするのかもしれませんが、頭の中に置いておくだけで意識が変わってくれそうです」

お前だったら一人で仕事して子育てしてってできる?



夫に物を言えないのは「いつもいい子」で育ってきたから。親から子へと続く負の連鎖を断ち切る物語でもある

ご主人の他に 自分を抑え込んでしまったり 怒られると体が固まる相手っていないですか?


――夫婦関係・離婚がテーマでありながら、親から子へと続いていく呪いを断ち切る物語でもあるように感じました。主人公の両親を登場させたのはどのような理由からでしょうか?

野原広子さん「離婚に悩んでいる方のブログなどをいろいろ拝見させていただいたのですが、夫に物を言えないと言う方の多くに『いつもいい子』『人に迷惑をかけないように』『いつもにこににこ』というワードが数多く出てきまして。それと同時に『親に怒られないように生きてきた』というのもあって、小さい頃からそういうふうになるように育てられた方が多いように感じました。それで納得して生きていく人はいいのですが、では本当の自分ってどんな自分?と気がついてしまった人は、本来の自分を探すために親と対峙しなければならないと思ったんですね。親から作られたものを断ち切って、そこから自分を探すことがまず一歩かなと」

私はいつもニコニコ 自分を抑えてニコニコ


人生が変わった離婚。著者自身の実体験が、物語に落とし込まれている…?

私 仕事始める!


――離婚をテーマにした物語を描いて、野原さんご自身の気持ちに何か変化はありましたか?

野原広子さん「私も事なかれ主義でニコニコしてその場を収めるみたいな翔子タイプなんですけど、この話を描いてだいぶ自分の分析にもなりましたね。自分の育ってきた環境や出会った人が自分の行動の根っこに貼り付いているのにも気がつきました。離婚については簡単にポーンってする人なんていないし、『離婚しました(笑)』なんて言ってケロっとしているように見えて、全然そうじゃないっていうのもわかりました。離婚したい人もした人も、みんな想像以上にそれぞれ事情があるし、単純じゃないですね」

ママで働くってこんなに大変なんだ


――最後に、夫婦関係に悩んでいたり、離婚を考えている人たちにメッセージやアドバイスがあればお願いします。

野原広子さん「実は私自身離婚をしたんです。当たり前ですが、人生変わりました。というか、変えました。翔子の話もセミフィクションと言いながらも、自分自身の体験や感情が滲み出てしまっていると思います。もし、今離婚するか悩んでいる方にはアドバイスするとすれば…

1、仕事しましょう。
2、お金貯めましょう。
3、夫(妻)と極限まで仲悪くならないで。(極限まで仲悪くなりすぎて離婚後に子どもに会えなくなってしまっている方ってけっこういるので)

逆に長年続いている夫婦の仲良しの秘訣を探ってみたところ、グチグチ言い合っている夫婦は意外と続くんです。嫌なことがあったらグチグチ言う。そして相手のグチグチを聞く(聞いてるフリでいいみたいです)。せっかくなら仲良く暮らしていければいいですよね」

――「今後は平和でホッとする世界を描いてみたいです(笑)といいつつ、世の中の女性たちの口に出したくても出せない心の叫びを描かずにはいられなくなる気もしています」と語ってくれました。

どんなに仲の良い夫婦でも、意見の食い違いは起こって当然ですよね。小さな不満が積もりだす前に解消できればいいですが、子育てや仕事の忙しさがそれを阻んでしまう。しかし翔子のように体に不調があらわれるまで耐え忍ぶのは不健全というもの。
「離婚」の2文字が浮かんだ経験がある人、その一歩手前でモヤモヤを抱えている人、今のところ夫婦円満という人、それぞれ事情の違う夫婦の在りように、一石を投じてくれる物語なのかもしれません。

※本記事は野原広子著の書籍『離婚してもいいですか? 翔子の場合』から画像を一部抜粋・編集しました。

取材・文=河野あすみ

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