虐待としつけの境界は? TV番組『世界一受けたい授業』の再現ドラマで注目の人気コミック『赤い隣人』

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  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

本日放送のTV番組『世界一受けたい授業』、ご覧になりましたか?
番組で取り上げられたコミック作品『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』の再現ドラマを見て、「しつけ」と「虐待」の境界線がどこにあるのか、改めて考えさせられたという方も少なくないのではないでしょうか。

番組を見逃してしまった方のために、まずは『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』の詳しいストーリーをご紹介しましょう!

『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』あらすじ

   『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

シングルマザーとして、一人息子の健太(けんた)を連れて新しい街に引っ越してきた希(のぞみ)。希たちが住むことになったアパートの隣には、庭付きのかわいらしい一軒家が立っていました。希はそこに住む順風満帆な家庭の主婦・千夏(ちか)と、健太と同い年の子ども・桃花(ももか)を通じて交流するようになります。

    『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

子どもの送り迎えで一緒に過ごす機会が増え、”お隣さん”として仲良くなっていった希と千夏ですが、しだいに千夏の一家は何かおかしいと違和感を覚えるようになっていきます。

 『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』

手作りの料理やお菓子にこだわって市販のチョコを娘に食べさせなかったり、突然不機嫌になって子どもを怒鳴りつけたり、遅い時間までピアノを練習させたり……。健太のところへ遊びに来て徳用チョコレートを食べつくしてしまう桃花の様子を見ているうちに、希は「千夏はしつけに厳しすぎるのでは?」と思うようになります。

 『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』

千夏とかつて仲が良かった保育園の母親は、「あれは虐待に近いと思う」と希に話します。千夏のしつけが厳しすぎることを彼女が指摘すると、「余計なお世話」と言われて疎遠になってしまったと言います。

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』

そんなある日、希は遊びに来たモモの額に緑色のアザができていることに気づきます。希は千夏との間に子どもへの教育の価値観の違いを感じることが増え、モヤモヤした気持ちを抱えていました。
そんなある日、夜中に隣の家から桃花の泣き声が聞こえてきました。さすがに心配になった希は翌日、千夏に「大丈夫ですか」と問いかけますが……。

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』

千夏は希の言葉に怒り出し、「人の家の子育てに口出ししないで」「自分の家のことを心配したほうがいいんじゃないの」と希に言い放ちます。さらに数日後、希は近所の人から桃花の泣き声がきっかけで警察が来たという話を聞きました。

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

千夏は希が通報したのではないかと疑い、自分の夫と希の関係すら怪しむようになります。千夏は自分のしつけが厳しすぎるとは少しも考えていないようでした。

一方、シングルマザーで仕事に追われる希は、健太の生活が次第に乱れはじめていることが気がかりでした。家では片付けも宿題もせず、学校では居眠りに忘れ物……。

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』

千夏や学校の先生からは「もう少し見てあげたほうがいい」と言われ、隣人には「子どものしつけがなってない」と言われたり、「うるさい」とドアを叩かれたり。希もまた少しずつ心が追い詰められていくのでした。

ある日、宿題をやろうとせずゲームばかりしている健太とそれを叱った希はケンカになります。本を投げつけられ、殴られた上に噛みつかれた希は、思わず息子を突き飛ばしてしまいます。

 『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

そのことで一瞬気持ちが「すっきり」してしまった自分に、希はショックを受けるのでした。
それぞれの親子の心のバランスが崩れ始めたある日、ふたつの家族の間に事件が起こります……。


「しつけ」と「虐待」のボーダーラインを見失う怖さ


『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』は、第25回手塚治虫文化賞を受賞した漫画家・野原広子さんの作品です。
野原広子さんといえば、ある日突然失踪したひとりの母親をめぐって周囲のママ友たちの心の闇があぶり出される『消えたママ友』や、会話が無くなった夫婦の関係性をリアリティたっぷりに描いた『妻が口をきいてくれません』などでおなじみですね。

シンプルで読みやすい絵柄でありながら、描かれる世界はリアリティたっぷり。読み進めるうちになんとも嫌〜な気持ちになり、ラストシーンの鋭い切れ味と後味の悪さがクセになり、新作が出るたびに話題になります。

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より

そんな野原さんに、『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』を描こうとしたきっかけについてお話を伺いました。

野原広子さん「子どもに対する虐待のつらいニュースで、『躾のつもりだった』という親側の言葉を聞いて、もしかしたら紙一重なのかもしれないと、ふと感じたことがきっかけです。
そして、大事な子どものはずなのに、虐待と言われるまでにエスカレートしてしまったのはなぜなんだろう?とその背後にあるものが気になりました。それと同時に私自信も子どもに対して『躾』として子どもにしてきたことが大丈夫だったんだろうか?とも思い返したりもしました。
自分が正しい、と信じてきたことも、もしかして…。『隣人』という他人から見たら、全く違う形に見えているのかもしれない怖さを描いてみようと思いました」

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より


また、希と千夏という境遇が異なる2人の母親を登場させた意図について伺いました。

野原広子さん「家族という枠から逃れて子どもと二人で生きようとする希、家族という形に固執し、そこに留まりながら子どものことを思う千夏。それぞれが『子どものため』と言いながらも、目の前の子どもの顔が見えていません。
誰でも我が子が一番可愛くて、世の中で誰よりも我が子のことを一番に考えている。だけど、それ故に見えなくなっていることもあるかもしれないと、希と千夏の姿を通して気づくことがあったら、と思いながら描き進めました。
また、暴力など目に見えるものではない『目に見えない虐待』は、されている子どももしている親も気がついていない場合もあるのかなと。『私は正しい』と信じている人でも、自分の中にも闇があるのではないかと、目を向けるきっかけになればと思っています」

  『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』より


  *    *    *

子どもへのしつけについては、どこからが「虐待」でどこまでが「しつけ」にあたるのかわからない……そんな気持ちを抱えながら、試行錯誤を繰り返している保護者の方も少なくないのではないでしょうか。
『赤い隣人』に登場する希や千夏のそれぞれの行動を見ていると、つい我が身を振り返って考えさせられることも少なくありません。
この作品を通して、「虐待」と「しつけ」の境界線について、改めて考えてみませんか?

※本記事は2023年3月掲載の取材記事を再構成し、編集したものです。

取材=河野あすみ 文=レタスユキ

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