「今の状況はおかしい」と気づくことが救いのきっかけに。漫画家・ツルリンゴスターさんが生きづらさを抱える人々を描く訳

#くらし   
 『君の心に火がついて』より

対等でない夫婦関係に苦しむ主婦、好きなメイクを否定される男子学生、社会のレッテル貼りに息苦しさを感じる女性会社員。そんな、閉塞感の中で生きる人々の前に、「人の心に灯る火の力で生きている」という不思議な少年「焔」が現れて……。
さまざまな背景を持つ登場人物たちが自分の「火」と向き合う過程を描いた話題作『君の心に火がついて』。作者のツルリンゴスターさんに、作品に込めた思いを伺いました。

『君の心に火がついて』より

【あらすじ】
人々の心の中に灯る”火”を食べて生きる妖怪、焔(ほむら)。彼は時に少年、時に犬のような姿で、自分の人生に迷いや葛藤を抱える人々の前に突然現れます。

主婦のつむぎは夫から家事も育児も押し付けられて「誰が稼いでると思ってる」「母親なんだから我慢しろ」と言われ続けていました。そんな時に焔と出会い、夫と対等な関係になるために毅然と戦うことを決めます。

一方、営業職の美晴は、数合わせのために女性管理職に抜擢され昇進しますが、そのことをきっかけに「女性だから」「独身だから」という枠の中に押し込められていることに気づきます。男社会の中で心が折れそうになりながらも、焔との対話を通して前に進む決意をします。

『君の心に火がついて』より

他にも、肌荒れのコンプレックスからメイクに目覚めた男子高校生の翔、異性への恋愛感情が理解できない女子高生の麗香など、周囲の状況に対する息苦しさや生きづらさやを抱える人々が、焔との関わりを通して自分らしい生き方を見つけていく物語です。

登場人物たちの閉塞感に共感し、彼らが一歩前に進む様子に勇気をもらう、そんな『君の心に火がついて』が生まれたきっかけはなんだったのでしょうか。

「自己責任」という言葉を突きつけられる私たち


――歪な社会構造への様々な問題提起が散りばめられた本作ですが、作品に込めた想いについてお聞かせください。

ツルリンゴスターさん:「どうしても苦しい、今の状況はおかしい」と気づくことが救いのきっかけにならないだろうか、という思いからこの連載はスタートしています。ままならない状況にあるとき、私もそうですが、まず自分を責めてしまいがちです。自分が努力してこなかったから、未熟だから、自分が選んできたのだから…それは外からも「自己責任」という言葉で突きつけられやすいですよね。
でも本当にそうでしょうか。歪な社会構造から生まれた皺寄せが、そこで生きる個人に受け持たされているとしたら? そういう部分を、読みながら考えてもらえたら嬉しいです。

『君の心に火がついて』より


心の火を食べる少年「焔」が誕生した理由


――人々の心の葛藤をリアルに描く物語に、「焔」というファンタジーな存在が登場するのが面白かったです。「焔」というキャラクターはどうやって生まれたのでしょうか?

ツルリンゴスターさん:ままならない状況を描くとき、どうしても「加害する人」と「被害を受ける人」を描かなければいけません。「(無意識にでも)利益を得る人」と「搾取される人」と言い換えてもいいですが、その関係を「対立」として描きたくなくて、どちらも「一緒に考えられる」話にしたかったのが大きいです。
そのために別の角度で利益を得る(心の火を食べて生きていく)者、その搾取の関係の輪から外れた存在がいると、読む人が一緒に俯瞰して見られるのではないかと考え、焔が生まれました。

『君の心に火がついて』より

――「焔」は不思議な力で問題を解決してくれるわけではなく、あくまで登場人物たちに「考えるきっかけを与えてくれる」存在なのが素敵だと思いました。

ツルリンゴスターさん:問題が解決しない、ということは連載する中で葛藤する部分ではありましたが、そう言っていただけて嬉しいです。焔の寄り添い方は自然とそうなりました。焔が心の火を食べるためには、登場人物たちがままならない状況に向き合い、これからどう生きるかを決断することが不可欠です。焔はその段階に主人公が向かうように、少しずつきっかけを与えていくだけなんですね。

どこか自分と似ている登場人物たちに共感


――読者からはどのような反響がありましたか?

ツルリンゴスターさん:いろんな登場人物が少しずつ関係しあう群像劇になっていますが、「どのキャラクターもばらばらなのに、どこかに自分と似ている部分を見つけられる」という声があったことが嬉しかったです。
どのキャラクターも「母親」だったり「管理職に抜擢された女性」、「恋愛感情を持たない高校生」など、カテゴライズされがちなのですが、実際に生きている人たちはそれ一つじゃない、複合的なカテゴリーを持ち、環境が複雑に作用する中で生きています。キャラクター1人1人をできるだけ掘り下げて描写したことで、逆に多くの読者さんに共感してもらえたことが良かったなと思います。

『君の心に火がついて』より


    *     *    *

「世間の目」や「常識」にとらわれて、閉塞感を抱えながら生きている姿に、自分を重ねてしまう人はきっと多いはず。だけどこの作品の登場人物たちのように、何かをきっかけにして心に火がついたなら…。きっとまだまだ私たちは新しい自分へと変わっていく途中なのかもしれません。

取材・文=宇都宮薫

この記事に共感したら

おすすめ読みもの(PR)

プレゼント企画

プレゼント応募

\\ メルマガ登録で毎週プレゼント情報が届く //