虹のように悠然と生きたエリザベス女王。彼女が色鮮やかなファッションと名言で伝えたかった人生哲学

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1953年6月2日。王冠をかぶりバッキンガム宮殿のバルコニーに登場した27歳の女王と31歳のフィリップ殿下

2023年5月6日に執り行われるチャールズ国王の戴冠式が、いま世界中の注目を集めています。
昨年9月8日、惜しまれて崩御したエリザベス女王。虹のように悠然と生きた女王は「人生の壁」にどのように向き合ったのでしょうか。

英国王室ジャーナリスト・多賀幹子氏は、「女王の国民と共にありたい、との意思はゆるがなかった。『信じてもらうためには見てもらわないといけない』と考え、年齢に関係なく服装は鮮やかな色彩を選んだ。赤やオレンジ、黄色などのワントーンカラーだった。前から後ろから横からもすぐに見つけてもらうためだった」と語ります。

そんな女王の品格を感じられる金言を一部ご紹介します。

※本記事は多賀幹子著の『英国女王が伝授する70歳からの品格』から一部抜粋・編集しました。


「信じてもらうためには、見てもらわないといけません」

2022年9月19日、エリザベス女王の国葬

女王は「開かれた王室」を目指し、国民の目にできるだけ触れるようにしました。鮮やかな一色使いの着こなしも、国民の目に留まる工夫でした。BBCのアンケート調査によると、国民の3人に1人が女王を直接見たことがあると言います。胸をつかれたのは、女王の棺を運ぶ霊柩車がガラス張りだったことです。亡くなってからまでも、国民から自分の姿が見えるように配慮しました。国民への愛はこれほど深かったのです。

「私の全生涯を通じ、真心を込めて、皆様の信頼に応えられるよう努力します」

戴冠式では英国を代表するファッション界の巨匠、ノーマン・ハートネルによるサテンドレスを着用

1953年6月2日、ロンドンのウエストミンスター寺院で戴冠式を終えると、国民にラジオで話しかけました。父の崩御時25歳だった2児の母に「君主」が務まるのか、女性リーダー不在の時代、危ぶむ声がなかったわけではありません。その不安や危惧を女王の力強い宣言は吹き飛ばし、女王がただものではないことを知らしめました。イギリスは「女王の時代」に栄えます。エリザベス一世、ビクトリア女王に続いて登場したエリザベス二世。シンプルながら誠意がにじむ「君主宣言」で、国民の心をわしづかみにしました。

「なぜ女性はいつも笑顔でいなければならないのでしょう。不公平だ。男性が厳粛な顔をしていれば、自動的に真面目な人だと思われ、惨めな人ではないとみなされる」

2014年3月31日、87歳。ウィンザー・グレイ(儀式に使用した灰色の馬)の像の除幕式に出席した女王

まだ女性のリーダーがほとんど見られなかった時代、女王はいつも君主でありながら「女性であること」を求められました。その気持ちから出た言葉と思われます。男性が厳粛な顔をしていれば、自然に真面目な立派な人だと思われることが多いのに。女王は世界でも稀な女性リーダーとして、君主としての威厳と女性としての優しさを共に備えていないといけませんでした。

「21歳の私は国民への奉仕に命を捧げると誓いました。そして誓いを実現すべく神に祈りました。確かに当時の私は未熟で判断力も十分では無かったでしょう。しかし誓いを後悔せず、その中の一言も撤回しません」

1977年6月7日、51歳。在位25周年イベントで夫のフィリップ殿下と共に

在位25周年シルバージュビリーの際のスピーチ。女王は21歳の時に、滞在先の南アフリカから演説を行いました。それは、将来は君主になることが既に決まっていた時期だったのです。国民への奉仕に自分の生涯を捧げるという誓いでしたが、当時の自分は未熟で判断力も十分ではなかったと認めます。しかし、その時の気持ちは全く変わっていないといいます。国民の敬愛の気持ちはいっそう深まりました。

「良い思い出とは、幸せの二度目のチャンスです」

1961年11月、35歳。英連邦のシエラレオネを訪問中の女王

思い出の大切さを教えています。良い思い出は、思い出すだけでもう一度幸せになることができるのです。たとえ過ぎ去った昔のことでも、楽しかったことは、思い出せばまた笑みが浮かび、喜びがよみがえります。女王は、楽しかった思い出をたくさん胸に秘めておられたのでしょう。辛い悲しい過去ではなく、楽しいことを覚えていたいとのメッセージでもあるようです。

「本当の愛国主義とは、他人の愛国主義を理解することです」

1961年11月、35歳。英連邦の一つシエラレオネを訪問中の女王

愛国主義についての本質を突いたと称賛される言葉。愛国主義は、とかく自分の愛する国以外の国を愛することを許さない、狭い考えに陥りがちです。自分の国を愛することは、他人の国を愛する気持ちを理解することであると語りかけます。その深い哲学に思わず胸をつかれますね。私たちは、自分の愛する国だけを尊び、他の人にもまた愛する国があることまで思いをめぐらせないもの。自分の考えや行動を思わず振り返りたくなります。

「私の戴冠式は、未来への希望の宣言です」

1953年6月2日。王冠をかぶりバッキンガム宮殿のバルコニーに登場した27歳の女王と31歳のフィリップ殿下

これも女王の戴冠式でのスピーチです。第二次世界大戦では、イギリスは連合国軍と共にナチス・ドイツと戦い、勝利はしたものの、甚大な被害を受けました。ロンドンなども無数の建物を爆撃により破壊され、死傷者もとんでもないものでした。国民の苦しみと悲しみは大きかったのです。戦後の女王の戴冠は新しい時代を予感させ、希望の光となりました。女王もまた、そうした国民の期待を感じ取り、それに応えたいと抱負を述べたのでした。

作・取材・文=多賀幹子
写真提供=アフロ、AP/アフロ、 ロイター/アフロ、 代表撮影/ロイター/アフロ

【著者プロフィール】
多賀幹子(MIKIKO TAGA)
東京都生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。企業広報誌の編集長を経てフリーのジャーナリストに。元・お茶の水女子大学講師。1983年よりニューヨークに5年、95年よりロンドンに6年ほど住む。女性、教育、社会問題、異文化、王室をテーマに取材。執筆活動のほか、テレビ出演・講演活動などを行う。公益財団法人 北野生涯教育振興会 論文審査員。

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