恋人から「鼻」にフォークを刺され記憶障害に『メンヘラ製造機だった私が鼻にフォークを刺された話』作者が今伝えたいこと

『メンヘラ製造機だった私が鼻にフォークを刺された話』あらすじ

20代前半の頃は「メンヘラ製造機」という異名を持っていたかりんこさん。当時付き合っていた彼氏は、かりんこさんを突き飛ばしてケガを負わせたうえに、彼女の鼻に握りしめたフォークを突き刺したのです。

かりんこさんは彼氏の部屋を飛び出し、マンションの隣りの部屋に逃げ込みます。隣人カップルの助けを得て警察に通報してもらい、彼氏は警察に取り押さえられることとなりました。

大量の出血をしていたかりんこさんは、満身創痍で倒れ、救急車で病院に運ばれます。無事に目を覚ましたかりんこさんを、原因不明の記憶障害が襲います。DVで受けた心の傷がもとで、事件に関する記憶の一部を失っていたのです。

担当医師による懸命な治療の結果、かりんこさんは無事に記憶を取り戻しましたが、ケガが完治するまでには実に６ヶ月を要しました。そして警察の事情聴取、加害者の親族との示談交渉など、さらに壮絶な経験に直面します。

前田シェリーかりんこさんインタビュー

――今回の漫画はDV被害の詳細な描写がある作品でしたが、描かれるうえで難しさはありましたか？

かりんこさん
「描く前までは、この事件は『過去のこと』として昇華したつもりだったんです。でも、元彼に突き飛ばされて鼻を刺されるシーンや、侮辱的な罵倒をされる部分を描いている際は、脳が沸騰してしまうんじゃないかというくらい怒りが再燃しました。『まだ怒りや憎しみが私の中で溜まっていたんだ』と自分でも驚いたほどです。

そのせいで『事実のみを描く』という自分のポリシーから逸脱しそうになることが多々ありました。『あえてより悪く描いてやろうかな、そんで叩かれろ』という自分の中の小賢しい悪魔が何度もささやきましたが、そのたびに読んでくださってる方々や応援してくれたお絵描き仲間のアイコン画像が頭に浮かび（笑）、あった事実のみを描くことに徹底しました」

――元彼は、付き合いはじめはまっとうな男性だったはずなのに、時がたつにつれて言動がおかしくなっていき、「別れる」というワードに反応して激高し今回の事件を起こしました。加害者は事件当時どんな心境だったと思われますか？

かりんこさん
「本当に分からないです！　いまだに理解不能です。一般的に考えて、暴力を振るうくらい嫌な相手なら手放せよ、って話だと思うんです。でも私の経験上、こういったDVの加害者は『好きだから離れたくない、でも離れていこうとするから言うことを聞かせるしかない、言うことを聞かせるには体や精神の自由を相手から奪うしかない』といった思考回路が多い気がします。あまりに暴論すぎて理解し難いのですが、加害者側はこれが正論と思い込んでいるので、暴力自体を少しも悪いと思ってないことが多いんですよね。
なので元彼も当時は『別れるなんて言う君が悪い、こんなに大事に思ってるのに理解できない君がおかしい』という心境で、彼の中の正義に忠実に行動をしたのかもしれません」

――パートナーからのDV被害者の中には、被害に遭ったことを明かせないという方も多くいると聞きます。そうした皆さんに、何かメッセージがありますか？

かりんこさん
「この話をSNSで公開し始めた当初から今まで、DMでご相談を受けることが多々あります。そのたびに思うのですが、本当に難しい問題なんですよね、これは。

酷な言い方かもしれませんが、被害に遭ったことを聞いた側は『つらかったね』『大変だったね』などの言葉しかお伝えができないんです。なぜなら、被害者の方の苦しみや恐怖心を完全には理解することができないし、自分の言葉でさらに傷付けたくないと思うから、通りいっぺんの返答しかできない。

なので、被害に遭われた方や遭っている方にまずお伝えしたいのは、もちろん友人や知人に相談するのもいいけれども、専門機関で事実を述べて、対処法があるかを教えてもらう、という方法を知っていてほしいなということなんです。

誰かに共感してもらえるだけで救われる、という方がいらっしゃるのは分かります。ただ『話したいけど身近な人には知られたくない』『思い出すのもしんどいけど自分だけに留めておくと自分が壊れそう』という方は、とにかく専門機関で話してしかるべき法的措置を取ってほしいです。

いいですか、『ぶん殴られることをした方が悪い』のではないです。『ぶん殴ってきた方が100%悪い』です。日本は法治国家で、暴力を容認しないと法律で明記されているはずです。暴力の理由はどうあれ加害側に落ち度があります。

『自分に非があるかもしれない』という思いがあったとしても、その思いもすべて専門機関に話したうえで、具体的な対応を確認してすぐ行動に移してほしいです。今回の事件の元彼だけでなく、過去にお付き合いしていた人で『怒らせたお前が悪い、殴らせるような事をするお前が悪い』と言う男性もいたんですが、普通に『殴るお前が頭も悪けりゃ手癖も悪い』って話ですよね、AIの方がよっぽど賢いですよ。

そして最後に、専門機関の方々にはどうかDV被害者が必死の思いで告白にいらした際には、できるだけ親身にお話しを聞いてあげてほしいと切に願います。本人さえも気付いていない部分で心に深い傷を負っていらっしゃったり、トラウマになっている方も多いはずです。どうか一人でも多く寄り添っていただけると幸いです」

　　　　　　＊　　　　　＊　　　　　＊

かりんこさんのお話にもありましたが、DVを受けるのは被害者のせいではありません。パートナーからの暴力に悩んだら、勇気をもってまずは専門機関に相談しましょう。
「DV相談ナビ ＃8008（はれれば）」では全国共通の電話番号で、最寄りの相談機関の窓口に電話が転送されます。また「DV相談＋」 https://soudanplus.jp/ でも、24時間メールや電話、チャットで相談を受け付けています。

もし身近な方が被害に遭ってしまったら、私たちができるのは、被害者の話を聞くこと、そしてDVとは何なのかを学ぶこと、被害者と一緒に考えることです。この作品を読むことも、DV被害者を救う一歩となるはずです。

取材・文＝山上由利子