なんの努力もしていないのに、嫉妬した。「何者」かになりたいわたしが気づいた小説を書きたい理由/夢みるかかとにご飯つぶ(5)

小説を書くとき、私は自分に期待をしている

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『夢みるかかとにご飯つぶ』5話【全5話】


母になっても、四十になっても、まだ「何者か」になりたいんだ。私に期待していたいんだ…。

「好書好日」(朝日新聞ブックサイト)の連載、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題となった、ライター・清繭子さんのエッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』(幻冬舎刊)。
何者かになりたいと願い、小説家を目指して試行錯誤する様子を赤裸々に綴った、心に沁みるエッセイです。
このエッセイから「書きたい理由」のエピソードをお届けします。

※本記事は清繭子著の書籍『夢みるかかとにご飯つぶ』(幻冬舎刊)から一部抜粋・編集しました。


書きたい理由

連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」で必ずする質問がある。

──小説を書きたいと思ったきっかけは。

書くことしかかなわない体になって書いた人、コロナ禍の外出制限で暇を持て余して書き始めた人、そのきっかけはさまざまだ。では自分は、と振り返ってみると、どうも思い出せない。なぜ、私は小説を書きたいんだっけ──。

承認欲求ももちろんある。内容のある人間だと思われたい。才能があると思われたい。一味違うと思われたい。でも、それだけじゃない。

言いたいことがある、というのもある。悲しく終わってしまった出来事を、もう一度捉え直してみたい。ただ悲しかっただけじゃなくて、意味があったことだと思いたい。悲しさのなかの可笑しさとか、優しさとか、美しさを見つけたい。でも、それだけじゃない。

私はなんでまた、誰にも求められていない、お金にもならない、小説とやらを書いているんだろう。
一昨日、「女による女のためのR‒18 文学賞」で一次通過した。林芙美子文学賞の二次で落ちて落ち込んだところだったから、よけいに嬉しかった。「一次通過しました」とツイートすると、たくさんの人がいいねを押してくれた。ありがたかった。

R‒18文学賞は窪美澄さんのデビューのきっかけとなった賞だ。あのとき、まだ美澄さんは美澄さんでなくて、私が編集していた女性のための健康雑誌「からだの本」でよくお願いしていたベテランライターさんだった。よく二人で一緒に、PMSとかアロマテラピーとか生理不順とか、そんなテーマを取材しに行った。先輩から「この人に頼めば原稿は間違いないから」と美澄さんを紹介されて、実際、その通りだった。でも、小説を書いてるなんて知らなかった。美澄さんは大きなお子さんがいらっしゃって、でもとてもそんなふうには見えない若々しさで、いつもおしゃれで、私の恋バナも楽しそうに聞いてくれ、原稿は締め切り前に上げる(そして赤字はほとんどない)頼れるお姉さん的存在だった。

しばらくして、休憩時間に読んでいた「anan」で気になる本を見つけた。『ふがいない僕は空を見た』。すてきなタイトル、面白そうな本だと、なぜかずっと心に残った。『ふがいない僕は空を見た』が出た2010年、私は「象のささくれ」という作品で「深大寺恋物語」審査員特別賞に選ばれた。

翌年三月、「からだの本」の読者イベントで八芳園にいるときに東日本大震災が起こった。

大広間の揺れるシャンデリアに、小六のとき、大阪で遭遇した阪神・淡路大震災がフラッシュバックして、パニックに陥った。その日は帰宅するのを諦め、八芳園のご厚意でそこに泊まらせてもらうことになった。そのとき、先輩が「〇〇さん(美澄さんの当時のライター名)ってね、小説家になったんだよ。知ってる? 『ふがいない僕は空を見た』っていう小説なんだけど」と言った。

あの本を、あの人が?  いつも一緒に仕事をしている、あの人が?

そのとき私は「悔しい」と思った。その年のR‒18文学賞には応募していないのに、悔しいと思ってしまった。なんの努力もしていないのに、嫉妬した。

私は本なんて出せなかった。その本が「anan」の書評欄になんか載らなかった。あのとき、たしかに嬉しかった審査員特別賞が色褪せて見えた。しばらくの間、『ふがいない僕は空を見た』を読めなかった。

そのあと、R‒18文学賞のテーマから「性」がなくなって、私は二回応募した。二回とも一次すら通らなかった。そのことを美澄さんには恥ずかしくて言えなかった。

同じように仕事をしていた人が「書ける者」で、自分は「書けない者」だということが、苦しかった。美澄さんが小説家になったことで仕事があることが言い訳にならなくなってしまった。ただ、力がなかった。

それが、今年、初めて一次に通った。まだ頑張ってもいいんだ、と思った。

ああ、そうか。だから自分は小説を書いているのか。

小説を書くとき、私は自分に期待をしている。それが嬉しくて、自分に期待していたくて、私は小説を書いていたのか。

保育園にお迎えの自転車を走らせながら、まだ一次通過でしかないのにワクワクしている自分が、可笑しくて頼もしかった。


著=清繭子/『夢みるかかとにご飯つぶ』(幻冬舎刊)

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