実は惚れっぽくて女性好きだった!? 映画『ベートーヴェン捏造』の原作者に聞く、大音楽家の素顔

“孤高の天才”のイメージがあるベートーヴェンですが、実は…

「クラシック音楽の巨匠」と聞いて、まず思い浮かぶ名前といえば、やっぱりベートーヴェン。あの重厚な交響曲や厳かな肖像画のイメージから、「ちょっと近寄りがたそう…」なんて感じている人もいるのでは? でも実は、ベートーヴェンの人生には、現代に生きる私たちの心にもぐっとくる、意外な一面があるそうで…。

今回お話を伺ったのは、9月12日公開の映画『ベートーヴェン捏造』の原作になった歴史ノンフィクション作品『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(河出文庫)の著者で、『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』(KADOKAWA)の校閲も担当したかげはら史帆さん。ベートーヴェンのことを少し知っておくだけで、映画がもっと楽しめるかも!

【マンガ】『まんが人物伝 ベートーベン』を最初から読む
『ベートーヴェン捏造: 名プロデューサーは嘘をつく』書影


「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンと同世代!
交響曲だけじゃない、オールラウンダーな作曲家

『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』

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──その名を知らぬ人はいない、クラシック音楽の巨匠・ベートーヴェン。どんな人物だったのでしょうか?

かげはら史帆さん:一言でいうなら、“ヨーロッパの音楽が宮廷から市民社会へと移っていく過渡期”を生きた音楽家です。ベートーヴェンは、現在のドイツのボンという街で、宮廷音楽家の家に生まれた“音楽家三世”。21歳でウィーンへと移り住み、貴族の支援を受けながら、ピアノを演奏したり、作品を出版したり、ピアノ教師として働いていました。当時は、音楽家が現在でいう芸能人のような存在として有名になっていった時代。 “音楽家=宮廷に仕えて音楽を奏でる存在”から、“社会の中で自ら道を切り開くアーティスト”へと移り変わっていった、その最初の世代の一人だと思います。

『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


ベートーヴェンが生まれたのは1770年。『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンやフランス革命後の混乱期に台頭したナポレオンと1歳違いだと考えると、時代のイメージが湧きやすいのではないでしょうか。ちなみに現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の第1話が描いているのが1772年。つまり、日本のあの時代に、ドイツではベートーヴェンが赤ちゃんだったというわけです。

――確かにミュージカルや大河ドラマの時代背景と照らし合わせるとぐっとイメージしやすくなりますね! ちなみに、音楽家としてはどんな活動をしていたのでしょうか?

かげはら史帆さん:ベートーヴェンといえば「運命」や「第九」のような交響曲が有名ですが、実はそれだけじゃありません。ベートーヴェンは、当時“芸術音楽”とされていたジャンルを、ほぼ網羅しているんです。交響曲、協奏曲、室内楽、歌曲、オペラ、ピアノ曲……どれも戦略的に、しっかりと手がけています。専門分野に特化する作曲家も多かった時代に、ベートーヴェンは“全部できる”タイプの、まさにオールラウンダーだったんです。


いろんな顔を持っていた、等身大の“人間”ベートーヴェン


『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


――ベートーヴェンといえば、口をきゅっと結んだちょっと気難しそうな肖像画が印象的ですが、実際はどんな性格だったのですか?

かげはら史帆さん:若い頃は、真面目で少し反骨心のある“文化系男子”のような雰囲気だったようです。小柄で痩せていて、ごく普通の青年。ただ、年を重ねるにつれて偏屈になっていった部分もあるようです。身なりに無頓着で部屋は散らかり放題。20代後半から聴力が落ちはじめ、40代後半にはほとんど聞こえない状態に。年を取るにつれ、性格がどんどん頑なになっていったようです。

ただ、ベートーヴェンって、人によって受ける印象がまったく違うんですよ。たとえば、彼の弟子だったフェルディナント・リースという青年は、「ベートーヴェンは父親のように愛情深く接してくれた」と語っています。厳しいところもあったけれど、経済的にも精神的にもよく支えてくれたようです。一方で、ベートーヴェンにひどい扱いを受けたという人も少なくありません。家政婦を少しでも気に入らないと、すぐに追い出してしまったり…。人によってまったく印象が異なる人物ですが、どちらも本当のベートーヴェン。いろんな顔を持つ、複雑で人間味のある人だったんだと思います。

――ベートーヴェンは、甥との関係もかなり複雑だったというのは有名ですね。

『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


かげはら史帆さん:はい。甥のカールに対しては、とにかく過干渉。弟が亡くなったあと、カールの母親は健在なのに無理やり引き離して、自分が育てることにしたんです。しかも、愛情が行きすぎて、過剰な束縛をしたり、行動がどんどんエスカレートしていきました。学校の終わりに校門の前で待ち伏せしたり、「寄り道するな」としつこく言ったり、こっそり後をつけたり……。

――もはや執着に近い愛情ですね……! では、ベートーヴェンにまつわるエピソードで、特に印象深いものを教えてください。

かげはら史帆さん:私が個人的に面白いと思うのは、「ベートーヴェンは必ずしも孤高の天才ではなかった」という点なんです。「貴族社会に冷遇されて、反骨心で市民社会に飛び出した」というイメージを持っている方も多いようですが、実際はボンの宮廷とも良好な関係を築いていましたし、宮廷で働く音楽一家の三代目として、周囲に支えられて育ってきた人です。確かに情熱的で自立心の強い人だったと思いますが、たくさんの人に助けられ、刺激を受けて成長していった面も大きい。すべてを一人で切り開いた“孤高の存在”というより、人とのつながりの中で生きた“等身大の人間”だったんじゃないでしょうか。そうした人間らしさもベートーヴェンの魅力だと思います。


「音が聞こえないのに作曲できた?」
ベートーヴェンの“謎すぎる”創作スタイルとは


『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


――ベートーヴェンは晩年、耳が聞こえなかったそうですが、どうやって作曲していたのでしょうか?

かげはら史帆さん:実は、はっきりとはわからないんです。「ピアノの振動を体で感じていた」なんて有名な話もありますが、常にそうだったとは限らないようです。そもそもベートーヴェンは若い頃から、散歩中にメロディーを思いついてはスケッチ帳にメモするタイプ。音が鳴らないと作れない人ではなかったと思います。ただ、ハーモニーを組み立てたり、音のバランスを確認したい時などは、ピアノの音を体で感じて補っていた可能性もありますね。

『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


――なるほど。難聴の症状については、現代の医学でわかっているんでしょうか?

かげはら史帆さん:そこも実ははっきりしていません。「感音性難聴だった」「伝音性難聴だった」など、時代によってさまざまな説がありますが、現在でも確定されていないんです。たとえ病名がわかっても、耳の不調って人によって感じ方が違うので、ベートーヴェン本人が当時どんなふうに聞こえていたかはわからないですよね。

ただ、晩年の約10年間は、ほぼ耳が聞こえず、会話も困難だったことは確かです。周囲の人が「会話帳」に文字を書いて話しかけ、それを読んでやりとりしていました。アンサンブルのように他人と合わせる演奏活動もきっと難しかったはずです。


「恋多きベートーヴェン」ってホント?
知的で高貴な女性に憧れた、ちょっと不器用なロマンチスト


『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』

――ベートーヴェンって、実は恋多き人物だったと聞きました。本当なんでしょうか?

かげはら史帆さん:そうですね。ベートーヴェンは女性好きで、結婚願望も強かったようですが、生涯独身でした。初恋とされるのは、ボン時代に親しくしていたエレオノーレ・フォン・ブロイニング。淡い片想いだった可能性が高いです。実際に恋愛関係にあったのは、「月光ソナタ」を献呈したことでも有名な、ジュリエッタ・グイチャルディ。彼女は貴族の娘でピアノの弟子。ベートーヴェンが「今、夢中になっている子がいる」と手紙に書くほど本気でしたが、身分の差もあってか結婚には至りませんでした。

『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


――ベートーヴェンといえば、「不滅の恋人」という言葉もよく耳にします。

かげはら史帆さん:それも有名な話ですね。「不滅の恋人」とは、ベートーヴェンの死後に見つかった恋文の宛名です。ただ、その手紙が誰に宛てたものなのかがわからない。なので、その“お相手”をめぐって後世で大論争になっています。候補としては、ヨゼフィーネ・ブルンスヴィックやアントーニナ・ブレンターノといった知的で身分の高い女性たちの名前が挙がっています。どの女性も魅力的で、まさにベートーヴェンの好みのタイプだったと思われます。

一方で、真剣な恋だけでなく、意外と遊んでいたらしいという話もちらほら残っていて(笑)。若い頃は特に「惚れっぽかった」という証言も多く、「綺麗な女性が通ると、じーっと目で追っていた」なんてエピソードもあったりします。

――厳しい顔の肖像画の印象とは裏腹に、ベートーヴェンってすごく人間味あふれる、ロマンチストな一面もあったんですね。ところで、作曲家が好きな女性に曲を贈る、というのは当時よくあったことなんでしょうか?

かげはら史帆さん:ありましたが、むしろベートーヴェンより後の時代の方が「恋の曲を贈る」エピソードが増えていくような印象がありますね。ただ、たとえば「月光ソナタ」は、恋人だったジュリエッタ・グイチャルディに献呈されていますが、実は、純粋な愛情だけで捧げた曲ではなさそうなんです。もちろん彼女への特別な思いはあったと思いますが、それ以上に、ベートーヴェンは献呈という行為を“仕事の一部”として捉えていた節があります。当時、貴族の娘を弟子に持つことは作曲家にとって大きな収入源であり、上流階級とのつながりを築くチャンスでもありました。ジュリエッタへの献呈は、そうした人脈を維持する戦略的な意図もあったのではないかと考えられています。

――曲の献呈って恋のロマンだけじゃなかったんですね! ベートーヴェンは、自己プロデュースの上手な、とても賢い人だったのかもしれませんね。


映画『ベートーヴェン捏造』で新たな一面を楽しんで!


『まんが人物伝 ベートーベン 生きる喜びを伝えた作曲家』


――いよいよ公開が近づいてきた映画『ベートーヴェン捏造』。最後に、読者の皆さんへメッセージをいただけますか?

かげはら史帆さん:この映画では、これまでとは少し違った角度からベートーヴェンを描いています。これまでの多くの作品では、難聴や苦悩、報われない恋、甥との関係などが語られてきましたが、本作では、秘書や弟子、親友など、彼を取り巻く男たちの“人間関係”に焦点を当てています。ある意味、恋愛よりもドロドロしていて面白い部分もあるので、ぜひベートーヴェンの新たな一面として楽しんでいただけたらうれしいです。

***

知れば知るほど面白い、人間味あふれるベートーヴェンの素顔。9月12日公開の映画『ベートーヴェン捏造』では、彼を取り巻く男たちとの関係性に注目です。ぜひ劇場でチェックしてみてくださいね!

映画『ベートーヴェン捏造 』


【ストーリー】
耳が聞こえないという難病に打ち克ち、歴史に刻まれる数多くの名曲を遺した偉大なる天才音楽家・ベートーヴェン。しかし、実際の彼は――下品で小汚いおじさんだった…!?
世の中に伝わる崇高なイメージを“捏造”したのは、彼の忠実なる秘書・シンドラー。どん底の自分を救ってくれた憧れのベートーヴェンを絶対に守るという使命感から、彼の死後、そのイメージを“下品で小汚いおじさん(真実)”から“聖なる天才音楽家(嘘)”に仕立て上げていく。しかし、そんなシンドラーの姿は周囲に波紋を呼び、「我こそが真実のベートーヴェンを知っている」、という男たちの熾烈な情報戦が勃発!さらにはシンドラーの嘘に気づき始めた若きジャーナリスト・セイヤーも現れ真実を追究しようとする。シンドラーはどうやって真実を嘘で塗り替えたのか?果たしてその嘘はバレるのかバレないのか――?

タイトル:ベートーヴェン捏造
原 作:かげはら史帆『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(河出文庫刊)
主 演:山田裕貴
出 演:古田新太、染谷将太、神尾楓珠、前田旺志郎、小澤征悦、生瀬勝久、小手伸也、野間口徹、遠藤憲一 ほか
脚 本:バカリズム
公 開:2025年9月12日


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取材・文=宇都宮薫

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