普通のお母さんであらねば…にとらわれる苦しみ「母親だから当たり前?」龍たまこさんインタビュー

#くらし 

義両親との敷地内同居をすることになった主人公のあかり。きっと上手くいくだろう…と思っていたら、「母親だったらそれくらい当たり前」「妻ならこうするものだ」と、義両親や世間から目に見えない圧を感じて…。
世間に蔓延る「普通」ととことん向かい合う物語『母親だから当たり前? フツウの母親ってなんですか』。著者の龍たまこさんにこの物語に込めた思いを聞きました。

「母親らしくしなければ」主人公は"普通"に捉われていた過去の私


母親らしさってなんだろう?

自分なりに無理なくやっていくしかない…「普通のお母さん」になりたい、だけど…


――主人公のあかりが、「普通のお母さんになりたい」と悩んでいる姿が印象的でした。今回、このようなテーマで物語を書いたきっかけを教えてください。

龍たまこ 私自身、子どもの頃から他の人と少しずれているような感覚があって、ずっと「普通になりたい」と思っていたんです。「普通」になればもっとみんなの輪の中に入れるだろうし、幸せになれるんじゃないかって。
大人になってからは「普通=幸せ」とは限らないとようやくわかるようになってきたのに…子どもが生まれると今度は「普通の母親らしくしなければ」という考えにとらわれて苦しむことになってしまったんです。これはそんな経験を踏まえて書いた物語です。創作漫画ではありますが、主人公は自分の分身のような感じですね。

――龍さんが「普通の母親らしくしなければ」という考えにとらわれてしまったのはなぜでしょうか?

龍たまこ 出産するまでは自分らしくいたいと思っていたはずなのに、赤ちゃんを迎えたとたんにそれまでの生き方を全部捨てて「お母さん」という別の生き物になろうとしたんですね。これは自分の母親の影響も大きかったと思います。お母さんというのは「家族のために生きる」、「贅沢はしない」、「誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝る」。そういう自分の知っている母親像を急に目指すようになりました。離乳食は絶対に手作りとか、布おむつ、完全母乳で育てなければならないとか…とことん自分で自分を追い込んでいましたね。


語られることの少ない男性サイドの生きづらさ


夫のしんどさももちろん、ある

こんな気持ち、誰にも言えない…夫の苦悩も描かれている


――家庭を持つ父親という立場でプレッシャーに押しつぶされそうになるあかりの夫・平太。女性の生きづらさだけでなく、男性サイドの苦しみも描かれているところに共感しました。

龍たまこ 子どもの頃から亭主関白に振る舞う父親を見ていて、どうしてこんなに偉そうなのかなって不思議だったんです。大人になって周囲の男性を見ると「男だから一生働き続けなければいけない」、「男だから弱音をはいちゃいけない」と、いろんな呪縛の中で苦しみながら生きていることに気づきました。女性の生きづらさを書くためには男性の苦しみも一緒に書かなければいけないと思い、平太というキャラクターが生まれたんです。男の人だって泣いていいし、弱音を吐いてもいいというのも伝えたかったところですね。

――男性にも男性の辛さがありますよね。悩みを他人に相談できなかったり、辛いことを一人で抱えがちな男性は実は多いのかもしれない、と思いました。

龍たまこ 小さい頃から「男の子なんだから強くなりなさい」と言われて続けてきたのは根深いと思います。たとえばどんなに素晴らしい男性であっても無職というだけで全てがダメみたいなイメージがまだまだありますよね。私たち女性が理想の母親像を押し付けられて苦しんでいるのと同じように、理想の父親像を押し付けてしまっていないだろうか、というのは常々思っています。

世代が違えば価値観も違って当たり前。境界線をしっかり引いて


 


――主人公の義母・和子が部屋の片付けをするシーンは思わずヒェッ!と声が出ました(笑)

龍たまこ こういう経験って、周囲のママ友からもよく聞くのですが、良かれと思ってやってくださるのはわかっていていても複雑な気持ちになってしまうものなんですよね。

――わかります…。自分の家庭のことに関してあまり世話を焼かれてしまうと、妻として失格と思われているようで、申し訳ないような気持ちになってしまうかも。

龍たまこ 主人公のあかりは、最終的に「嫌なことは嫌」と自分の気持ちをはっきりと伝えることができるようになりました。いわゆる「いい嫁」ではなくなりますよ(笑)。でもいい嫁キャンペーンなんて早く終わらせて、ある程度本音を出したほうがきちんと向き合っていけると思います。何を大事に生きていくのか、どんな生活がしたいのか、人によって優先順位が違うので、自分の意思を伝えていくことはとても大事なのではないでしょうか。

――そもそもの価値観が現役子育て世代と全く異なる義両親はとてもリアルな存在でした。

龍たまこ 価値観が違うからこそお互いの境界線が必要ですよね。世代が違えば価値観や考え方も違って当たり前なので、お互いの気持ちを押し付けずに、それぞれが心地よいと思うやり方で暮らしていくのが一番なんじゃないかなと思います。

母になっても楽しむことを忘れない。「らしさ」の呪縛を断ち切るために


 


――義母や義父自身も自分の世代の「親らしさ」に縛られながら、それを疑問に思うことさえ許されずに生きてきたのがわかります。この「らしさ」の呪縛を断ち切るために今現在子育て中である私たちができることは?

龍たまこ 親になっても好きなことを楽しんでやり続ける姿を子どもに見せるのが、「呪縛」を断ち切るのに一番有効だと思います。皆さん子どもとの時間はもちろん大切にしていると思うんです。でも、ライブに行ったり趣味に没頭したり…そういう自分らしい時間も大切にするほうがいい。楽しそうな親の姿を子どもが見ていれば、「お母さんやお父さんになってもこんな風に楽しめるんだ」と思えるようになるのではないでしょうか。
私は今39歳ですが、このくらい世代だとまだまだ「女は家事育児、男は仕事」が当たり前という価値観にとらわれている人が多いように感じます。お互い協力し合って、お互いが自分のままで好きなことも続けていってほしいですね。

 

 

 


――最後にあかりの母の生き方も肯定されていたのがよかったです。不要な呪縛に苦しめられる必要はないけれど、いろいろな生き方があっていいという締めくくりにジーンとしました。

龍たまこ あらゆる世代のあらゆる生き方を否定したくないという気持ちがありました。私たち世代からすると義両親世代の考え方が合わないこともあるけど、みんなそれぞれの時代を一生懸命生きてきたんですよね。それは、世代も、性別も、仕事のあるなしも関係ありません。上の世代の人たちだってもっと自由になっていいし、男性が甘えたっていい。それぞれの不要な呪縛からは脱却したいけど、それぞれの生き方は肯定されるべきだと思っています。

――考え方や立場の違いで衝突してしまうこともあるけれど、誰もが「普通」や「らしさ」に縛られながら一生懸命生きてるだけなんだ…と考えさせられる本作品。生き方に迷った時に、ちょっと楽になるヒントが見つかるかもしれません。




取材・文=宇都宮 薫

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