「読むだけで節約上手になれそう」と話題!! “実用小説”『三千円の使いかた』原田ひ香さんインタビュー

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今回は、読むだけで節約上手になれそうと話題の『三千円の使いかた』の著者、原田ひ香さんのインタビューをお送りします。

小説『三千円の使いかた』(中央公論新社)の著者、原田ひ香さん

〈人は三千円の使い方で人生が決まるよ、と祖母は言った。〉という一文から始まる原田ひ香さんの小説『三千円の使いかた』(中央公論新社)。文庫化したことで改めて注目を集めている本作は、お金の使い方から見えてくる自分の本質と、どんな人生を歩んでいきたいかという願いを、ひとつの家族を中心に描きだす一方、日々の節約術から保険や預金の見直しまで、役立つ情報が満載の「実用小説」だ。どんな人にとっても切実な、お金をテーマに家族小説を書こうと思ったのはなぜなのか? 原田さんにお話をうかがった。

以前から、家族の節約小説を書いてみたいなと思っていたんです。

――〈三千円くらいの少額のお金で買うもの、選ぶもの、三千円ですることが結局、人生を形作っていく〉という冒頭の一文にはっとさせられた読者は多いと思うのですが、なぜこのテーマで小説を書こうと思ったのでしょう?

原田ひ香さん(以下、原田) 以前から、家族の節約小説を書いてみたいなと思っていたんです。実は私、節約雑誌を読むのが大好きで。もう10年以上、購読し続けてきたことが、結果的に、社会の定点観測になっているんですよね。たとえば、東日本大震災が起きるよりも前の2000年代だと、節約雑誌に登場している家族はだいたい、夫の年収が200万円くらいで子どもが2人。食費は月2万円くらいにおさえて、年に30~40万円貯蓄できている人も多い、という感じだったんですけれど、アベノミクスという言葉が聞こえ始めてきたころから、少しずつ変わってきた。食費は月3万円くらいと余裕をもたせておいて、あまったら家族で使いましょうとか、貯蓄の目標額も300万くらいだったのが、「やっぱり1000万円は欲しいよね」という風潮になってきた。

――ずいぶんと上昇しましたね。

原田 そのうち「やっぱり3000万は貯めておかなきゃ」という流れが訪れるんじゃないかなと思っています。そんなふうに、節約雑誌を定点観察することで見えてくる時代というものがあるんですよ。私が見ている節約雑誌で、今は世帯年収200万円のご家庭は減ってきた印象ですが、それは共働きの家庭が増えてきたからで、家族の形が変化していることも読みとれます。節約の仕方も近年は必要ないものはもたずに、家のなかをきれいにしておこうという傾向にあるなあとか。そんなふうに、社会をあらわすひとつの指標でもある節約というのは、意外と小説の種になるんじゃないかと思っていたんですけれど、なかなか企画として通らなくて。ようやく2018年に刊行できたというわけです。本当は『節約家族』みたいなタイトルにしようと思っていたんですが、それじゃ、あんまりにも直接的だってことで『三千円の使いかた』になったんですけれど、実用書と勘違いして買った方々からも、ふだん小説を読まない方々からも、おもしろかったし役に立ったというような声をいただけて嬉しかったです。

――実際、役立つ情報もたくさんありましたもんね。日常のこまごまとした節約術……ポイ活(ポイントを貯めて活用していくこと)や、投資の種類、家計簿のつけ方など、読んでいて勉強になることも多かったです。「あ、iDeCoの申し込みし忘れてるから、やらなくちゃ」とか(笑)。

原田 ふだん小説ばかり読んでいて、実用書は敬遠しがちだし、お金のことは苦手であんまりちゃんと考えたことがなかった、反省した、というお声もよく聞きます(笑)。気づいたら本代がかさんでいて……というのは小説家からするとありがたいことこの上ない話なんですが、やっぱり、生きていくうえでお金のことは避けて通れないし、苦手だからといって放置しておくわけにもいかないですからね。3話の主人公で、結婚するまで証券会社に勤めていた真帆は、夫の年収が300万。子育て中の専業主婦なのに、これまでに600万円は貯金している。私もポイ活が好きで、実質携帯電話の料金が無料、なんてこともしているんですけど、そうした日々の知恵をいろいろと書けたのは楽しかったです。彼女は、節約雑誌に出てくる主婦像にいちばん近いんですよね。安月給には困りながらも、夫のことはそれなりに好きだし、一生懸命子どもを育てて、家庭を支えている自分の人生にも、まあまあ満足している。でもそういう人って、なかなか小説の主人公にはなりにくいんですよ。

日々の知恵をいろいろと書けたのは楽しかったです

――夫に不満を抱えていたり、不倫をしていたり、事件が起きたほうが、物語にはなりやすいですもんね。

原田 そうなんです。でも、世の中の大多数の人たちは、そうそう事件なんて起きない日常を、ほんの少し今よりよくなる努力を重ねながら、がんばって生きている。そういう人たちをこの小説では描きたいなと思いました。

――第1話の主人公で、一人暮らしを始めたばかりの真帆の妹・美帆は貯金が30万円。同じ経済環境で育った姉妹なのに、性格によって結果に差が出ているところも、おもしろかったです

原田 書いたあとに編集者さんから「すごくリアルだと思います」と言われたんですけれど、30万円くらいしか貯金のない若い子たちって、今すごく多いと思うんですよね。お金貯めなきゃと思いながらも、十条の実家には絶対に帰りたくないといって、中目黒の近くに住もうとするその感じも、わりとあることじゃないかなあ、って。第2話の主人公である、2人のおばあちゃん・琴子も、年金をもらえてはいるから困窮しているわけじゃないんだけれど、ちょっとイベントごとがあるとお金が出ていって、夫の遺してくれた貯金も心もとなくなって、月に4万円でいいから収入があれば安心できるのに……という感覚も書いてみたかった。家族でも、生き方がちがえばお金の状況も変わってくる、というのもおもしろいかな、と。

――第2話で、琴子が73歳にして仕事を始めるじゃないですか。家計簿に年金以外の収入を書き込んだとき、誇らしい気持ちになって〈自分は感謝され、そして、お金ももらいたいのではないか。つまり、働きたいんじゃないか〉と思いいたる場面、ぐっときました。お金って、生きるための物理的な糧であると同時に、その人の存在を肯定するものでもあるんですよね。

原田 毎月4万円でも、自分にとって不安にならないだけの収入があることは、心の安定に繋がりますし、誰かに「ありがとう」と言われる生活を送ることもまた、すごく大事なんだろうと思います。実際、お年を召した方でも働ける仕事って、たくさんあるらしいんですよ。たとえば工場で、なるべく工賃は低く抑えたいんだけれど丁寧な作業をしてほしい、というような仕事は、琴子さんのように「月4万円くらい稼げれば」というご老人からの需要がある。それは別に搾取でもなんでもなくて、ご老人は楽しく無理なく働けるし、会社は予算を抑えられるし、で利害が一致しているんです。お蕎麦屋さんや鰻屋さん、和菓子屋さんみたいなところは、落ち着いた年齢の方に来てほしいってこともあるでしょうし。

今は70~80代でも働きましょうって政府も推奨しているなかで、いろんな選択肢があるんだということも書けてよかったです

――縫製のお仕事なんかでも、ご老人を中心に雇用している会社の話はときどき聞きますよね。

原田 そうそう。琴子さんの息子は、その年になってお母さんが働くことにショックを受けて泣いていたけど(笑)、今は70~80代でも働きましょうって政府も推奨しているなかで、いろんな選択肢があるんだということも書けてよかったです。

――琴子さんが作中で家計簿の重要性について説くエピソードがありましたけど、家計簿もおもしろいですよね。自分が何にお金を使いがちで、高額でも絶対に譲れないもの、自分が人生において何を大事にしているか、が見えてくる。

原田 明治37年に羽仁もと子さんは、反省するためではなく未来の予定をたてるために家計簿をつけましょう、とものすごく先進的な意識でもって家計簿を提唱しました。ファイナンシャルプランナーという言葉からもわかるように、経済を、お金のことを考えることはこの先をプランニングすることに繋がっていくんです。だから、もちろん節約することも、より多くの貯金をすることも大事なんだけれど、それだけにとらわれず、自分がどう生きていきたいか、そのためにはどれだけのお金が必要で、自分に何ができるのかを考えていくことが、何より大事なのかなと思います。

――第4話の主人公は、琴子と親しくしているフリーター・小森安生ですが、彼はやたらと「費用対効果」を気にしますよね。生き方の指標がコスパになっているのは、すごく今っぽいなあと思いました。

原田 御厨家の人々は、みんなわりときちんとしているので、異色の存在をひとり登場させたいなと思ったんです。ものすごくいい人なんだけど、お金にも異性関係にもややルーズな人っているじゃないですか(笑)。でも私、安生の生き方はそんなに嫌いじゃなくて、知り合いにも彼のように「年100万円あれば暮らしていける」って言っている人、いるんですよ。ある一定期間、まとめて仕事をして稼いだあと、ぶらぶらと自由に過ごして、またお金がなくなりそうになったら働いて……っていうのは、安定を求める人には信じられないかもしれないけれど、ひとつの理想的な生活だと思います。費用対効果をいちばんに考えて、車や家はもちろん、家族や子どもをもつのも無駄なんじゃないかと斬り捨てていくのも、それはそれでおもしろいですし。

――安生も、ひとりで生きていくぶんにはそれで全然かまわないと思うんですが、恋人は結婚して子どもをもちたいタイプだ、というのがなかなか難しいですよね。

原田 そうなんですよね。だからそういう、価値観の異なる人たちがどんなふうに歩み寄っていくのか、御厨家との交流も含めて、衝突する姿を通じて描いてみたかったですし、安生の恋人はフリーランスで働いているので、保険は個人で加入するしかなく、ボーナスも退職金もないなかで、どうやって経済的に安定させていくことができるのか、みたいなことも書きたかったことのひとつです。中小企業年金とかね、意外とやっておいて損がないノウハウはたくさんあるので、真帆とはまたちがう節約術が書けてよかったです。

――恋人との結婚話、もそうですが、お金のことって、他者が介入してきたとたん一気に不安要素が増える、ってこともありますよね。基本的には幸せいっぱいの真帆が、友達が玉の輿にのると知らされたとき、自分の環境にふと我に返ってしまう場面とか、真帆・美帆の母親である智子が、熟年離婚を考えたときに、自分ひとりで生きていくことの厳しさをまのあたりにするとか、お金って自分ひとりで完結させられることじゃないんだなと感じました。

原田 文庫版の解説で垣谷美雨さんが書いてくださいましたけど、他者との比較によってふと自分の立ち位置を実感させられることってありますからね。智子は、友人が離婚することになって、改めて自分だったらどうするかを考え始めるんですけれど、夫ときれいに半分ずつ財産をわけたところで、どんなに裕福な家庭でも、女性は経済的に厳しい立場に立たされてしまう……というのは、以前、テレビで見たことがあるんです。だから離婚をせずに夫に従え、という意味ではなくて、やっぱりそれも、自分には何が必要で、どんな生活を望んでいて、今の自分には何ができるのかを見つめなおしてみるのが大事なんじゃないかな、と思います。

――本作では、奨学金の問題についても書かれていました。理由はともあれ、多額の借金には変わりなく、結婚の障害にもなってしまうことの厳しさは、社会問題にもなっていますよね。

原田 実は『三千円の使いかた』でも、奨学金を背負ったままの結婚は、賛否両論ありました。でも私は「借金があるから別れます」という単純な結末を迎えたくはなくて、いろいろ考えながら書いたんですが……書き終えたあと、数百万の奨学金を抱えている人たちについて書かれている本を読んだんです。そのなかで「もう結婚は諦めている。40歳くらいになって全部返し終わったら、茶のみ友達でもできればいいな」みたいに言っている女性たちがいるのを知って、胸が苦しくなってしまって……。結婚したくないならしなくたっていいけれど、望んでいるのに諦めざるをえない状況があるのだとしたら、それはどうにかしなきゃいけないよな、って。それで来年6月、どうしたら奨学金を返済していけるか、にも焦点をあてた小説を刊行する予定です。多少ズルいこともするけど、自分が生き抜いて、幸せをつかむために、何ができるかってことを、私も一生懸命考えていきたいと思ったので。

――ぜひ、読んでみたいです。ちなみに、よく聞かれると思うんですが、原田さんは3000円あったら何をしますか?

原田 最近は、GERAというラジオアプリで番組をもっている、芸人さんのスポンサーになったりしています(笑)。3000円くらい支払うだけで「原田ひ香の提供でお送りします」とか番組のラストに流してもらえるんですよ。本を買ったりおいしいものを食べたりするのもいいんですけど、誰かのためになって、しかも自分も楽しいことに使うというのもすごくいいな、と思って。あと、文庫本を1冊買って、残りのお金で、電車で行けるところまで行ってみるっていうのも、いいかもしれません。ぜひみなさんも、自分なりの3000円の使い方を考えながら、小説も楽しんでいただけると嬉しいです。

自分なりの3000円の使い方を考えながら、小説も楽しんでいただけると嬉しいです


取材・文=立花もも 撮影=松本祐亮

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