松本明子さんが明かす「実家を頼む」亡き父が遺した重すぎる一言。維持費に修繕…手放すまでかかった費用は総額約1800万!【実家じまい】

#くらし   
実家の維持費に加えて戸建てのローン返済も!

『実家じまい終わらせました! ――大赤字を出した私が専門家とたどり着いた家とお墓のしまい方』1回【全4回】


タレントとして活躍する松本明子さんは、香川県高松市出身。子どもの頃にお父様が購入した一軒家で育ちました。宮大工さんが手掛けた立派な家は、お父様にとって一生の中で最大の買い物で、松本さんにとっても思い出の詰まった場所だったそうです。
お父様の意向もあり、松本さんが実家を継ぐことになりましたが、タレントとして活躍する松本さんの拠点は東京。高松の実家は空き家のままで、年間約27万円の維持費を払い続けていたそうです。売却のためのリフォーム代や家財の整理にかかったお金などを含めると、最終的に実家を手放すまでにかかった費用はなんと約1800万円…! 売却費用を差し引いても大赤字だったといいます。
実家の将来についてぼんやり不安があるものの、慌ただしい日常の中で、何もできていないという方は多いのではないでしょうか?  そういった方も、松本明子さんの体験談をきっかけに「早々に考えなければ」と思うかもしれません。


デビュー後の苦節を経て売れっ子となった松本さんは、27歳の時にご両親を高松から東京に呼んで一緒に暮らしていました。その後、松本さんが新たに一戸建てを購入しましたが、いつでもご両親が高松に帰れるようにと、高松の実家も所有し続けることに。実家はもちろん空き家ですが、水道代、電気代、固定資産税、火災保険など年間にして約27万円ほどの維持費がかかります。
そんな中、松本さんは結婚を機にご主人の実家で暮らすことになり、両親とは別々に生活をしていましたが…。

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「実家を頼む」―父が遺した重すぎる一言

「実家を頼む」そう言われて奮闘したものの…

主人の実家で暮らし始めて5年ほどした頃、父が病に倒れました。昔から家族を連れてバーやスナックに通うほどお酒が好きで、最後は肝臓を悪くしたのですが、もともと血圧が高く、心臓も悪かったし、糖尿も……。病気のフルコースでした。

亡くなったのは2003年8月末。「はなまるマーケット」の司会の岡江久美子(おかえくみこ)さんが夏休みで、私がピンチヒッターを務めたときでしたから、いまでもよく覚えています。

父が亡くなる少し前に病室を見舞いました。そのとき父は、じっと私を見つめて、一言、絞り出すように言いました。

「明子、実家を頼む」

これが遺言になりました。

すでに私が継ぐことになってはいましたが、それでも何かあれば、いつでも帰れるように、これから先もあの家をずっと大事に守ってほしい―、父は最後までそう願っていたのです。わざわざ宮大工さんに頼んで建てたこだわりの家でしたから、普通の戸建てとは違う、それだけ価値のある家なんだ、という思いも強かったんでしょう。私のためばかりではなく、生きた証(あかし)として自分の城を残したかったのだと思います。

それはまた母の願いでもありました。高松の実家は母が相続しましたが、まもなく兄の了承を取ったうえで、実家や持ち物を私に残すと定めた公正証書遺言を公証役場で作成しました。母は父の思いを公証人を介してきちんとした文書で残したかったのだと思います。

それにしても父の言葉は重かった。実家の維持費に加えて戸建てのローン返済もあったので、正直、楽ではありませんでした。両親が生きているうちは仕方がないけれど、維持費の負担を考えたら、将来的には実家を処分せざるを得ないかな、と心のどこかで思っていたのです。

ところが、父に「頼む」と言われてしまった。先々どうしたらいいものか……。葬儀などが一段落したあと、兄に相談しました。ところが、兄は実家に3年弱しか住まずに上京したこともあり、当然私ほど実家への思い入れはありませんでした。

父が一生懸命に働いて遺した家。しかも私の将来を気にかけて遺した家です。

やっぱりそう簡単に手放すわけにはいかないよね――。

あれほど実家に翻弄されることになるとは、そのときは思わかなかったとのこと

「『明子、実家を頼む』これが遺言になりました」と松本さん


「頼む」と言った父の顔を思い浮かべながら、そう自分に言い聞かせました。まさか、あれほど実家に翻弄されることになるとは、そのときは思いもせずに。

高松市役所からかかってきた電話

お父様が一生懸命に働いて遺した家。宮大工さんに頼んで建てたこだわりの家だったそうです

父が亡くなってしばらくした頃、東京の私のところへ高松市役所から電話があり、「庭の草木の手入れをしてください」と注意を受けました。

父が元気なうちは、「草木は放っておくとどんどん伸びて害虫や動物を呼ぶので手入れが欠かせない」と言って母と一緒に実家へ帰るたびに草を刈ったり、枝を切ったりしていました。父が亡くなったあとは、母が一人で高松へ帰ることもめったになかったので、私ができる範囲で草木の手入れをしていたのですが、庭木の剪定(せんてい)などは父のようなわけにはいきません。それでご近所から苦情が出てしまったようなのです。

受話器を手に、どうしよう、と思っていたところ、市の担当者の方が「地域のシルバー人材センターに庭の草木の手入れを頼むこともできますよ」と教えてくれました。

ところが、「料金はいかほどですか」とたずねると、「1回5万円です」との返事。思わず、「ええっ!」と素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出してしまいました。

1回5万円ということは、年に2回頼んだら10万円です。うーん、実家の維持費がさらにかさむ。痛い……。それでも実家を維持するには必要なコストだと思い、お願いすることにしました。これで年間の維持費は約37万円に増えました

父の死から4年後の2007年11月、母が亡くなりました。父が死んだときは、まだ母も兄もいましたから悲しみを分け合うことができた。でも母が逝ってしまうと、もう兄しかいません。二親を亡くした悲しみは大きく、とてもつらいものでした。

仕事ではいつものように元気いっぱいに振る舞っていましたが、「私ってこんな人だっけ?」と自分でも驚くほどの打ちひしがれようで、それから3年ほどは、両親がこの世にもういないという事実になかなか向き合えませんでした。

実家には両親の遺品がそのままになっていました。ですが、掃除や換気にたまに帰ってもとても片づける気になれず、その後もほとんど手がつけられませんでした。

ともあれ、母が亡くなり、遺言通り実家は、私が相続しました。ですが、私は頻繁には高松に帰れません。そこでお世話になったのが、お向かいさんや近くに住む親戚でした。

お向かいさんには郵便受けにたまった郵便物を2~3カ月に1回まとめて送ってもらい、親戚にはたまに実家に寄って、窓を開けて風を通し、掃除をしてもらいました。実家の状態を良好に保てたのは、そんなみなさんの支えがあったからこそ。私一人ではとても無理でした。いまでも深く感謝しています。

実家を避難場所に――かけた費用が350万円!

2011年3月11日、マグニチュード9.0、最大震度7の巨大地震が発生しました。

津波被害に原発事故……。未曾有の被害を出した東日本大震災です。母が亡くなって3年余り。やっと母の死を乗り越えられた頃に起きた惨事でした。

あのときは本当に恐ろしかった。改めて自然災害の怖さを思い知らされると同時に、もし東京に大きな地震でも来て住めなくなったらどうすればいいんだろうと、とても不安になりました。

そのとき頭に浮かんだのは、空き家のままになっている高松の実家でした。

そうだ、あの家がある。あそこをもしものときの避難場所にしよう―。

そう考えた私は、いざというときすぐに住めるようにリフォームを行なうことにしました。台所、洗面所、お風呂場、トイレの水回りを全面改修したほか、温水や暖房使用時に使っていたボイラーを撤去して電気温水器とエアコンを設置しました。

台所や一部の和室の床をフローリングに張り替え、カーテンも全室取り替えました。家族が生活するための最低限のリフォームのつもりでしたが、結局、350万円もかかってしまいました。痛い出費でした。

痛いと言えばもう一つ。このリフォームを通じて大変なことに気づいてしまいました。業者さんとの打ち合わせなどで何度も実家へ足を運んだのですが、とにかく体力的にキツイのです。40代も半ばになっていた私にとって高松は遠すぎました。

それからは、換気や掃除のために実家へ帰るのも、東京から行くのは大変なので、関西で仕事があって翌日がオフのときをなるべく利用するようにしました。
とにかく遠くて大変。体力的にもキツイので、せっかく大金を費やしてリフォームしたのに、結局、実家に家族で寝泊まりすることは、ほとんどありませんでした。

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親に「頼む」と言われてしまったらつい、頑張ろうと考えてしまうのは当然のことかもしれません。
ですが、自分たちの生活やライフスタイルを犠牲にするのにも限界が…。「実家の行方」について親が元気なうちに話し合ったり、考えておく必要がありそうです。

松本明子さん

松本明子(まつもと・あきこ)/1966年生まれ。香川県出身。82年に日本テレビ「スター誕生!」チャンピオン大会に合格したことがきっかけで、翌年、歌手デビュー。その後、元祖バラドルとして人気バラエティー番組「DAISUKI!」「進め! 電波少年」(日本テレビ系)などに出演し、明るく親しみやすいキャラクターで人気を確立する。現在は、バラエティー番組の他、ドラマ、映画、舞台と幅広く活動中。こうした活躍の裏で、25年にわたり累計約1800万円を費やして高松市にある空き家となった実家を維持する日々を送っていたが、放置された空き家の危険性や物だらけの実家の問題などを取り上げたテレビ番組に出演する中で、実家じまいを決意。2018年に実家の売却と2トントラックで10回分の遺品整理を行なった。近年は、自身のしくじり経験をもとに、実家じまいの重要性をメディアで発信している。近著に『実家じまい終わらせました! ――大赤字を出した私が専門家とたどり着いた家とお墓のしまい方』がある。

※本記事は松本明子著の書籍『実家じまい終わらせました! ――大赤字を出した私が専門家とたどり着いた家とお墓のしまい方』から一部抜粋・編集しました

作=松本明子

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