歴史から紐解く『主婦』という言葉。現代の女性が感じるモヤモヤの正体とは?
辞書にもしっかりかかれている、一家の家事を切り盛りする『主婦』
「自分のことを主婦だと思いますか?」というアンケートに対し、パートナーのいる女性の中で、働いている人(フルタイム、フリーランス・自営業、パート併せて)は約40%の方が「いいえ」、約17%の方が「どちらとも言えない」と回答。つまり、働いている女性の半数以上は自分が『主婦』と呼ばれることに対し何かしらの違和感を抱いていることがわかりました。

(2022.7.4 Yahooクラウドソーシングにてアンケートを実施。有効回答2000人のうち、20~40代のパートナーのいる女性516人の回答を抽出)
そもそも『主婦』という言葉にはどのような意味があるのでしょう。改めて辞書を引いてみます。
しゅふ【主夫】
(従来は主婦が行うことの多かった)家事に、中心となって従事する夫。
しゅふ【主婦】
①一家の主人の妻。② 一家の家事をきりもりしている婦人。女あるじ。
引用:『広辞苑 第七版』岩波書店
アンケート結果では、『主婦』という言葉に「既婚女性」以上の意味を見出していない人と、それ以上の「女性が家事を担う」「専業主婦」という意味を見出している人がいました。そのどちらも正解であるということが分かります。
ここで気になるのは、②の意味です。なぜ前提として一家の家事をきりもりするのは女性の役割であると特定する必要があったのでしょうか。
また、「主夫」の項目では、「従来は主婦が行うことの多かった」と補足されています。
この『主婦』という言葉はいつごろ、どのような背景の中で広く使われるようになっていったのでしょうか?
明治・大正から『主婦』という言葉が広く使われるように
『主婦』という言葉が広く使われるようになった時期は、意外にも近代に入ってからだそうです。この言葉の背景と女性がたどってきた歴史について紐解いていきます。お話をうかがったのは、歴史社会学的に家族に関する研究を行う、実践女子大学人間社会学部教授・広井多鶴子先生。

広井多鶴子先生/実践女子大学人間社会研究科人間社会専攻教授、人間社会学部長、学園理事。専攻は教育社会学、家族社会学。著書に『下田歌子と近代日本: 良妻賢母論と女子教育の創出』『現代の親子問題―なぜ親と子が「問題」なのか』などがある。
「『主婦』という言葉が広く使われるようになったのは明治に入ってから。それまでの家事の捉え方は、実はいまと全然違うんです。例えば江戸時代の「家」は、現代の家族構成の中心である「核家族」とは違い、それ以外の親族や非血縁者も所属する大きな単位のものでした。家事とは、その組織の維持管理に関わることすべてを指していたのです。故に当時、家事は一家の主(=男性)でなければ担うことのできない重大な任務として捉えられていたのです」
では、どうやっていまの『主婦』という考え方が生まれたのでしょうか?
女子たちが学校で学び始めた「家政学」
「女子が学校で学び始めた明治初年。既婚女性の呼び名は『家婦』『家妻』『婦妻』『婦人』など、さまざまなものでした。ですが、西洋の考え方をベースとした家政学が女子向けの教科として採用されると、その教科書で『主婦』という言葉が使われはじめます。1880年代(明治10年代半ば)になると、『主婦』という言葉は、雑誌などの言論の場でも使われるようになります」

「その後『主婦』という言葉が人々の間に普及していくのは、大正のはじめの1910〜20年代。このころになると、高等女学校に通う女子学生が増え、そこでは国の方針として“良妻賢母”を育てるための家政学の授業が展開されていきます。合わせて『婦人公論』、『主婦之友』、『婦人倶楽部』 といった主婦向け雑誌が多数刊行され、あるべき『主婦』のイメージがそこで具体的に描き出されます」
「時期を同じくして、日本社会では資本主義化が進みます。そこでは、企業に勤め給与を得る職業形態、いわゆるサラリーマン層が形成され、それまで一家の管理を担ってきた男性が外で働くように。そういった大きな社会情勢の変化から、家庭を維持管理する者が必要になるのです。そこで白羽の矢が立ったのが『主婦』でした。
それまで家の維持管理に口出しができなかった女性たちはサラリーマンの妻になり、与えられた『主婦』としての役割を懸命に全うしていくようになるのです。これが『主婦』の成り立ちです」
当時女性はまだ、参政権などの公の権利を得ていませんでした。そんな時代に「女性は家事全般を担うべき」と公に発信されるようになるのです。
家事を一手に担う『主婦』というポジションは、当時の女性にとっての大いなる前進。『主婦』に誇りを持ち、それがやりがいとなるには十分すぎる社会の動きでした。
高度経済成長期、一般に広がった専業主婦
「大正のはじめ、女子学生が増えたとはいえ、それでもまだ一定以上の階層の話。よって『主婦』もある種のステータス的な意味合いを持つものでした。それが一般に広がったのは1950年代末から70年代前半にかけての高度経済成長期です。
高度経済成長期、男性の多くが第三次産業に従事し、サラリーマン社会が形成されます。
あわせて、当時の女性は、学校を卒業したら数年の会社勤めを経てサラリーマンと結婚、寿退社するのが普通の生き方だと考えられるようになりました。
またその頃、国の政策として性別役割分業型の政策を進めました。母親は、子どもが3歳になるまでは家庭に入り育児に専念すべきだという『3歳児神話』も、この頃言われ始めたことの一つです。こうして、専業主婦が当たり前の社会が広がっていきました」
現代の女性が感じるモヤモヤの正体

「そうした性別役割分業型の政策が少しずつ変わっていくのは、1980年代後半以降のこと。1990年代末になると、女性の就業支援や子育て支援が行われるようになります。少子化がいよいよ深刻になる中で、女性に働いてもらわなくてはならない状況になったのです。
ところが、長い間続いてきた性別役割分業型の政策が一因で、「女性が家事を主に担うべき」という価値観はすぐには変わりません。実際、今も多くの家庭で女性が家事育児のメインを担っているという状況があります。妻が専業主婦の場合も就業している場合も、夫の家事時間はほとんど変わらないんです。これは問題ですよね。
働く女性が増えているにもかかわらず、男性は相変わらず家事をやらない、やれない。そこがモヤモヤの種なのではないでしょうか。
国は、女性の社会での「活躍推進」を唱える一方で、家庭での家事をどうするかという問題をなおざりにしてきました。それが原因で、いまでも女性が家事の多くを担わざるをえない状況に陥っているように思えます。大きく変革するには、それらを一個人の問題とせず、社会の問題として捉え現状を変えていく政策が必要です」
変わらない『主婦』のイメージに囚われ続けず、新しいマインドへ

『主婦』が一般に広く使われるようになって久しく、そこから現在に至るまでには大きな社会の変化がありました。しかし、家庭内での女性の役割は大きくは変化せず、そのギャップこそが『主婦』という言葉に違和感を抱く原因になっていたのです。
今、過去の概念に囚われず、状況に合わせたマインドに柔軟に変容していくことが大事なように思えます。そこで、少し世界に目を向け、ヒントを探ってみました。
例えば家事分担の男女間格差が小さいフィンランドでは、妻のみが過重に家事を負担していることはありません。保育園のお迎えのために男女ともに16時に退社するというのだから驚きです。
ただ、そのような状況は最初からあったものではなく、20世紀初期から女性たちが声を上げ、行動を起こした結果だといいます。
今回の取材を通して、社会および家庭における日本の女性の役割は歴史の中で変遷してきたということが分かりました。
『主婦』という言葉に違和感をおぼえる人が一定数あらわれた今、改めて性別を問わずに暮らしやすい世の中とは何か、ということを具体的に考え行動することを迫られているのかもしれません。
取材・文=伊藤延枝、レタスクラブWEB編集部
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