匿名の裏アカに際どい自撮りを投稿する主婦が堕ちた地獄。人には言えない「承認欲求」の落とし穴とは?

#くらし   
 『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

夫から女として求められない虚しさを抱え、悶々とした日々を送っていた39歳の主婦・結衣。匿名の裏アカウントで下着姿の自撮り写真を投稿し、密かに承認欲求を満たしていたのですが、ある日ママ友に裏アカを発見されてしまい……。
前作『女はいつまで女ですか?莉子の結論』に続くシリーズ第二弾『女はいつまで女ですか?裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』。作者の上野りゅうじんさんにこの作品を描いたきっかけを聞きました。

『女はいつまで女ですか?裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』ストーリー


39歳の主婦・結衣には人に言えない秘密がありました。それは、SNSの裏アカに際どい下着姿の自撮り写真を投稿していること。夫とは長らく冷めた関係でも、SNSの中では大勢のフォロワーが「女」としての自分を求めてくれている……。投稿に「いいね」が付くたびに結衣の心は満たされていくのでした。

そんなある日、引越し先の保育園で2人のママ友と知り合います。「完璧な母親像」を体現するママブロガーのエリナと、若さを武器に不倫を繰り返すほのか。この2人との出会いが結衣の平凡な日常を脅かしていくことに……。

『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

承認欲求の落とし穴!「いいねやRT」の数がリアルに見えるSNS


――前作の『莉子の結論』とはまた別の視点から「女であること」について問う『裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』。この作品を描いたきっかけを教えてください。

上野りゅうじんさん:莉子は「女であること」に対して夫や周りの反応から考える受動的なタイプであったのに対し、結衣は、SNS上ではあるけれど「女であること」を能動的に追求したタイプだったのかなと思います。SNS上では「裏垢女子」などのタグで自ら身体を晒す女性たちがいて、そのようなアカウントの中には業者や釣りも多いのですが、一方で素性を隠して投稿している、ごく一般の女性も少なくないことを知り、その事実に驚いたことがきっかけです。
誰かや何かのためでもなく自分のためにやっていること、それが仮に「自分の中の女を試すため」だとしたら!?と仮定したとき、そこから第二弾が動き出しました。

――「女であることを誰かに認めてほしい」と、顔を隠した下着姿の写真をSNSに投稿し、その反響の大きさに溺れていく結衣。自撮りにのめり込んでいく感覚がとてもリアルに表現されていてゾクリとしました。

上野りゅうじんさん:SNSは「いいねやRT」の数がリアルに見えるので、反応がわかりやすいですよね。まるでダイエットをして体重計の数字が効果を反映するように。結衣のようにダイエットを着実に成功させるようなタイプは、頑張り屋が故にストイックにハマってしまうんじゃないかなと。

――主人公の結衣が抱く承認欲求や、SNSとの付き合い方などに、上野さんご自身の気持ちや経験を反映させた部分はありますか?

上野りゅうじんさん:はい。私自身はインフルエンサーでもなんでもないのですが、やはり「いいね」をもらえるとすごく嬉しいです。「もっと欲しい、もっと認めて欲しい」そう願ってしまう気持ちはすごくよくわかります。また、SNSを見ていると、そういう気持ちは自分だけではないのかな!?と思いますし……。主人公のように際どい自撮りまではしなくても、承認欲求の落とし穴って、案外身近なものとして落とし込めるのではないかなと考えました。

三者三様の「女を試す行動」がそれぞれの崩壊へと向かっていく


――裏アカを心の拠り所にしている結衣、そのママ友でブログ上で承認欲求を満たすエリナ、浮気を繰り返すほのか。登場人物全員がそれぞれの闇を抱えているのですね。

上野りゅうじんさん:はい。「女を試す行動」とはどんなものか分析しながら、SNSと現実を象徴する人物像を作りあげました。エリナは主人公と同じ、SNSという特殊な世界の中で女というものを試しているのに対し、ほのかは現実の世界でリアルに生々しく試しているタイプです。

『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

――エリナはブログのネタのために、買ってきたケーキの写真に検索したレシピを貼りつけて手作りを装い、またケーキを食べる子どもたちにも笑顔を強要して「幸せそうに見える写真」を撮り、完璧な主婦を装います。彼女のキャラクターはどうやって生まれたのでしょうか?

上野りゅうじんさん:自分の承認欲求のために周りをどこまで巻き込んでいいものなのか……。これはとても考えさせられることだなと感じたことから生まれたのがエリナです。「家族の幸せな一枚」をただ載せただけだとしても、家族の誰かがそれを嫌だと思っているかもしれない。その感覚の違いを自覚して確認することも大事なのかなと。

『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

――美貌、若さ、財産、知性、全てを手に入れたかのように見える主婦のほのかが、浮気に走ってしまう理由はどこにあるのでしょうか。

上野りゅうじんさん:「若さ」という武器を失っていく恐怖だと思います。ほのかが浮気を繰り返してしまうのは、「自分は大丈夫、まだ価値がある」という確認作業なんですよね。ひとまわりくらい年上で主婦の先輩である結衣に、「自分も冴えない主婦のオバサンと言われる存在になっていくのでは?」という恐怖を投影して、責めたりなじったりしています。

 『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

――ママ友たちと自分を比べて愚痴をこぼす結衣に、友人の直美が言う「周りと比べて足りないとこ見つけては羨ましがっちゃって、全部揃わないと女の不幸みたいなの…やめようよ」というセリフは印象的でした。

上野りゅうじんさん:個人的な印象もあるのですが、「女性がついつい気になってしまうチェック項目ってすごく多いよね?」という漠然とした感覚がありました。「容姿・仕事充実度・家庭(配偶者や子供も)・人柄・歳の取り方・仕草・センス」などなど、他人と比較することからいったん脱出したら楽になるのでは?と感じて生まれたセリフです。

  『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

――結衣の働くデイサービスに通う利用者として、高齢の佐藤さんという女性が登場します。彼女は派手な外見を周囲からいろいろと言われながらも、周囲の視線や陰口に踊らされない魅力的な女性として描かれているように見えました。

上野りゅうじんさん:女性が憧れる女性ってなんだろう…と仮定した場合、結論の一つとして「一生女である、自分が思う女でいようと努力している女性」の存在。想像ではなく実際に身近にいたら?という視点で書きました。私もそういう人に憧れます。ただ同じようにできる自信はないのですが…。

私たちは「誰かに認めてもらいたい」気持ちを消化できるのか

『女はいつまで女ですか? 裏アカ主婦・結衣が堕ちた地獄』より

――ラストはネタバレになるので詳しくは書けませんが、主人公の結衣と幸平の夫婦が選んだ結末は衝撃的でした。

上野りゅうじんさん:「心も体も女として諦めたくない」結衣に対して夫は、自らの胸の内をさらし、お互いの希望が叶うよう提案するのですが、それが結衣にとって「天国」なのか「地獄」なのか……。
「女はいつまで〜」という問いの末にたどり着いた「愛情表現の形」「夫婦の形」は、自由であっていいじゃないのかな…!?そういう投げかけを込めて描きました。

――最後に、「女として誰かに認めてもらいたい」という気持ちを消化できずにいる場合、私たちはどうしたらいいと思いますか?

上野りゅうじんさん:難しい質問ですね。パートナーがいれば、一度相談してみてはいかがでしょうか。女性向け風俗もよく話題になっていますし、認めてもらいたい気持ちを何か別のことで消化する道もありますし……。認めてもらいたい気持ちが、肉体的なものか精神的なものなのか、自分の気持ちの内容と度合いに一度しっかり向き合って、可能なら行動してみても良いのではないでしょうか。

   *    *    *

上野りゅうじんさんが作品中で描いたように、「女であること」を人から認めてもらいたい気持ちは、いくつになっても変わらないのかもしれません。そんな時、どうやってその気持ちを充足させるのかは、結局自分自身の選択に委ねられるということ…。
あなたは、この作品に登場する結衣、エリナ、ほのかの中で、誰の行動に共感しましたか?

取材・文=宇都宮薫

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