子どもたちの情操と豊かな価値観を育てる『ニッセイ名作シリーズ』とは? 舞台レポート&主催者インタビュー
『ニッセイ名作シリーズ』をご存知でしょうか?
これは全国の小学生を舞台公演にご招待する企画で、始まったのはなんと1964年。今年は劇団四季の新作ミュージカル『ジャック・オー・ランド〜ユーリと魔物の笛〜』が上演されました。
一体どんな取り組みなのか、上演期間中に実際に見せていただきました!
演劇ファン・建築ファンからも人気の高い日生劇場で開催
この公演が開催されたのは東京・日比谷にある日生劇場です。
1963年に開場して今年60周年を迎えるこの劇場は、実は建築物としての美しさも高く評価されています。舞台ファンだけでなく、建物の見学を目的として訪れる人もいるのだとか(※劇場見学は事前申込)。
ロビーは広々としていて、白い大理石の床に赤いじゅうたん、そしてあちこちに美しい螺旋階段が。近年の劇場ではなかなか見られないゆったりとした贅沢な空間とクラシカルな雰囲気は、舞台ファンの間でも人気が高く、観劇前から気分も高まります。
客席に入ると、二万枚ものアコヤ貝を貼ったという曲面の天井や壁に青や緑の照明が照らされ、劇場というよりはまるで広い洞窟に迷い込んだよう。なんとも幻想的な空間が広がっています。子どもたちも異世界のような空間に少し興奮気味にはしゃいでいます。
開演を告げるアナウンスが場内に響くと、子どもたちのはしゃぎ声がスッとやんで場内に「何かが起こるぞ」という緊張感が走りました。さらに自然発生的に手拍子が沸き上がるなど、子どもたちの期待感が伝わってくるようでした。
『ジャック・オー・ランド〜ユーリと魔物の笛〜』舞台レポート
舞台のあらすじをご紹介しましょう。
山の上の魔物の街にある大きなお城。そこには過去に人間に騙されてしまった経験から心を閉ざしてしまった魔物の王ジャック・オーが住んでいました。人間の男の子・ユーリは、幼馴染の女の子・エルの呪いを解くために、ジャック・オーの笛を借りようとして、変装をして魔物の街へ乗り込みます。
ユーリは城への道中で魔物のコブと仲良くなりますが、変装がバレてジャック・オーに捕まってしまいます。「笛を貸す代わりにコブを置いていけ」と言われたユーリ。コブはユーリを信じて、ジャック・オーの奴隷として城に残る決意をします。ユーリは「必ず戻る」とコブに約束して村へ戻るのですが……。
『ジャック・オー・ランド〜ユーリと魔物の笛〜』の原作は、映画監督でもある山崎貴さんの著作で、アニメーターとして活躍する郷津春奈さんが挿絵を手掛けた絵本。人の心を信じられない王様や、友情のために身代わりになる親友など、信じる心の大切さがテーマの物語で、『走れメロス』へのオマージュのような展開でもあります。
舞台ではハロウィン・パーティのようなにぎやかな雰囲気の歌とダンスに、客席の子どもたちもぐいぐいとストーリーに惹きつけられるのがわかります。ユーモラスな魔物たちの衣装もバラエティに富んでいて、細部まで凝った舞台美術も目を楽しませてくれます。ユーリとコブの友情に心があたたまり、美しいメロディと歌声にもうっとり。子どもたちも時に笑ったり、ざわついたり、魔物の王様ジャック・オーの威圧感たっぷりのセリフや歌声に思わず静まり返ったり……と、舞台の展開に素直に反応、最後は大きな拍手で幕となりました。
面白い演出だな、と思ったのは、あきらかに「人間」でも「魔物」でもない、黒い衣装のダンサーたちでした。彼らはどうやら登場人物からは姿が見えず、観客にしか見えていないようです。時に「街の人間」の衣装を取ってその下から現れたり、時に客席通路から静かに忍び寄ったり、さまざまな演出で現れては遠巻きに登場人物たちを見つめています。不穏で異質な雰囲気を感じさせ、心の闇や不安などを象徴する存在のようですが、上演中に「彼らが何者であるか」の説明は一切ありません。
こういった「目に見えないもの」や「概念」を俳優が演じる演出は、舞台作品ではよくある演劇的な手法ではありますが、子ども向けの公演にもこのような舞台ならではの演出を取り入れ、その解釈を観た人に委ねているのが意外でした。子ども向けとはいえ、ただわかりやすいだけの娯楽作品にとどまらず『本物』を見せたいという作り手の心意気も感じました。
子どもの観客だけを対象にしたわかりやすいストーリーの舞台とはいえ、その演出はもちろん衣装・美術から音楽に至るまで、スタッフワークは大人のミュージカルファンから観ても見応え満点のクオリティ。「こんな素晴らしい内容の公演を、学校行事の一環として観られる子どもたちが心底羨ましい……!」と、胸がいっぱいになってしまいました。
『ニッセイ名作シリーズ』の目指すもの
さて、この『ニッセイ名作シリーズ』は一体どのような意図で生まれたものなのでしょうか。
日本生命保険相互会社のコーポレートプロモーション部担当課長・勝間雄弘氏と、公益財団法人ニッセイ文化振興財団の全国公演部長・大澤暢也氏にお話を伺いました。
勝間雄弘氏「私たち日本生命は今年135年目を迎える会社なのですが、生命保険会社というのは、『共存共栄』『相互扶助』という二大基本精神の上に成り立っています。昨今、SDGsやサステナビリティというような言葉が出てきていますが、こういった言葉が出てくるずっと前から、私たちは持続可能な社会づくりを目指してきました。
この『ニッセイ名作シリーズ』が生まれたのは日生劇場ができた翌年の1964年なのですが、日本の社会や経済も次第に豊かになってはきたものの、心の豊かさの部分ではまだまだ足りない……ということで、『豊かな情操』『多様な価値観』を育むため、これからの社会を作っていく若い世代や子どもたちに、舞台芸術に触れる機会を提供するために企画されました。当時はまだ『企業メセナ(=企業が資金を提供して、文化芸術活動を支援すること)』といった言葉すらなかった時代なんです。
そうした流れで、60年前に当時の社長・弘世現がこの劇場を作り、劇団四季さんと一緒に子ども向けミュージカルを作ったところから今の『ニッセイ名作シリーズ』が始まっているのですね。当時はまだ劇団四季さんもストレートプレイ(音楽やダンスで構成するミュージカルに対し、セリフを中心に構成された芝居のこと)を上演していた時代ですが、これをきっかけにオリジナルミュージカルを制作するようになり、現在に繋がっていると聞いています」
なんと、ちょうど今年70周年を迎える人気ミュージカル劇団の四季の歴史にも、『ニッセイ名作シリーズ』が大きく関わっていたのでした。
さて、この企画では一体どのような学校が招待されているのでしょうか。
大澤暢也氏「基本的には公募です。東京公演については、ホームページで前の年の8月くらいから10月末くらいにかけて募集をかけております。どうしてもスケジュールの合わなかった学校さんも一部ありましたが、今回はエントリーしていただいた学校にはほぼ来ていただくことができました。
地方公演については各自治体の教育委員会などにおまかせしているので状況が異なります、今回大阪では少し定員をオーバーしてしまったので泣く泣く抽選をされたと伺っています。できるだけ多くのエリアの方に同じサービスを提供したい気持ちはありますが、予算の都合もあるので、現在は会場数を絞ることでより多くの児童の方に触れていただく、という方向に舵を切っています」
私の周囲にこの話をしてみたところ、小学生の子を持つ人から「前に子どもが観に行った」「ちょうど先日子どもが観てきたところ」という反応が。今年はなんと6万人もの小学生を招待する予定で、企画がスタートしてからの累計でいうと招待数は800万人を突破しているというから驚きます。
舞台芸術を通して子どもたちに伝えたいこと
企画のスタート当初は小学6年生を対象にしてきたこの企画。現在は小学校3〜4年生を対象にしているそうです。
大澤暢也氏「昔の小学生よりも精神年齢の成長も早いということもありますし、伝えたいメッセージも時代にあわせて少しずつ変わっていく、という側面もありますね。
今年は3つの演目を用意していまして、今回の『ジャック・オー・ランド』では『信じる心を持つことの大切さ』がテーマです。この後上演される『精霊の守り人』では『諦めない心』、『せかいいちのねこ』では『自分らしく生きることの大切さ』をテーマにしています。
ただ、大人がこういうことを伝えたいというガチガチのテーマよりは、個人的には単に『楽しかった』という感想だけでもいいと思います。舞台を観て、その中から子どもたちが自由にいろいろなものをつかみとっていただければ、それでいいのかなと思っています」
そう語る大澤氏は、開演前のロビーで、子どもたちの列の横で身体を低くかがめて、視線を同じ高さにあわせながら、子どもたちに声をかけて出迎えていらっしゃいました。「いつもああやって子どもたちに挨拶されているんですか」と聞くと、「(身長が)大きいので、そうしないと無愛想に見えちゃうんですよ」と笑っておられました。
開演前は行儀よく列にならんで「こんにちは」と挨拶していた子どもたちでしたが、終演後には身をかがめて手を振る大澤氏にハイタッチをして帰っていく子もいるのだとか。そんなところにも子どもたちの観劇後の興奮が現れているようで、ほっこりするエピソードでした。
『ニッセイ名作シリーズ』今後の予定
『ジャック・オー・ランド』に関しては、事前に申し込んだ団体(学校など)のみ観劇可能(一般の方は鑑賞できません)。ですが、このあと7月下旬以降に上演される公演は無料招待公演のほか、一般の方向けに販売されている公演もあります。
音楽劇『精霊の守り人』は、ドラマ化もされた上橋菜穂子さんの人気ファンタジー文学が原作。人の世と精霊の世が交錯する世界で、女用心棒のバルサが皇子のチャグムを守る成長と戦いの物語です。
また舞台版『せかいいちのねこ』は人気イラストレーターのヒグチユウコさんの絵本が原作。表情豊かな人形とダンサーたちが、絵本の優しく切ない世界観を楽しい歌や踊りで表現します。
それぞれ原作ファンや舞台ファンからも注目を集めている公演です。夏の思い出に、お子さんと一緒に観劇されてはいかがでしょうか?
音楽劇『精霊の守り人』
2023年7月29日(土)~8月6日(日)日生劇場(東京都)
8月13日(日)枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール(大阪府)
8月31日(木)サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター)(長野県)★
9月3日(日)新潟県民会館 大ホール(新潟県)
9月6日(水)柏崎市文化会館アルフォーレ(新潟県)★
9月9日(土)千葉県東総文化会館 大ホール(千葉県)
9月13日(水)~15日(金)札幌文化芸術劇場hitaru(北海道)★
9月20日(水)・21日(木)NHK大阪ホール(大阪府)★
9月28日(木)市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本県)★
10月1日(日)シンフォニア岩国 コンサートホール(山口県)
★の公演は学校・学年単位の招待公演です。一般の方の鑑賞はできません。
詳細:https://moribito.nissaytheatre.or.jp/
舞台版『せかいいちのねこ』
2023年8月19日(土)・20日(日)日生劇場(東京都)
2024年2月9日(金)太田市民会館(群馬県)★
2月15日(木)愛媛県県民文化会館(愛媛県)★
2月19日(月)北九州ソレイユホール(福岡県)★
★の公演は学校・学年単位の招待公演です。一般の方の鑑賞はできません。
詳細:https://famifes.nissaytheatre.or.jp/2023_sekaiichinoneko/
舞台写真撮影=阿部章仁/取材・文=レタスユキ
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