
なかでも自宅の裏に住む裏野さんというご婦人は、物腰も柔らかく、娘のみのりにも優しく接してくれ、引っ越してよかったと実感する春奈なのでした。

春奈たちが帰ったあと、裏野さんが「…次の人はどのくらいもつかしら…」と思案していることも知らずに…。
近所へのあいさつはあらかた終わりましたが、隣に住む横沢さんにはまだ会えていませんでした。

何度行っても不在だったため、横沢さんには要件を書いた手紙をポストに投函することに。
引っ越してから1か月は平穏な日々が続きました。しかしある日の夕方、自宅敷地内の駐車場で車を降り、娘と会話しながら家に入ろうとした時のことです。突然の出来事でした。


隣に住む横沢さん宅の窓から、こちらに向けて照らされた明かりがチカチカと点滅しました。その日は「何か作業でもしていたのかな」と思った春奈でしたが、その明かりの点滅はその翌日にも…。

偶然ではなく、意図的に横沢さんが点滅させていることを悟った春奈は、自分たちの声がうるさかったのかもしれないと思い、なるべく静かに過ごしますが、横沢さんの行為はやむことがありません。
夫にも相談しましたが、仕事で忙しい彼には本気でとりあってもらえませんでした。それならばと思い、行政や警察にも相談しますが、事件にもなっていない現時点では何もできないと言われ、春奈は八方ふさがりの状態でした。

解決の糸口はつかめないままでしたが、その日は明かりが点滅しないことに安堵していた春奈の目に入ってきたのは衝撃の光景でした。

横沢さん宅の窓に、不気味な表情を浮かべてこちらをのぞき込むような人物の姿が見えるではありませんか! その様子に春奈は心底ゾッとしました。
夫を頼れないなかで、彼女は、点滅に対抗するための策を探しはじめます。まずは、ライトを買いました。そして、ご近所に住む裏野さんを頼って、近隣の情報を聞くことにしました。

裏野さんからの話によると
「横沢さん宅には70代の夫婦と30代の息子がいて、その息子が長らく引きこもりであること」
「裏野さんも1年ほど前までチカチカされていたこと」
「立山家の前のオーナーが引っ越したのも、チカチカが原因であること」
「チカチカが起きたことで、前のオーナーと不動産会社とがもめたこと」
といった事実の数々が明らかになりました。
衝撃的な話を聞いた後、裏野さんから励まされて帰宅した春奈でしたが、ある考えを思いついて愕然とします。

それは、裏野さんが春奈たちに定住をすすめるのは、自分たちがいなくなるとまた裏野さんがターゲットになってしまうからではないか、ということ。つまり裏野さんは春奈たちを身代わりにしているのかもしれないのです。
イライラと不信感を募らせる春奈。しかしこの後、謎の光にあるメッセージが隠されていることに気付くのでした。
漫画家・サル山ハハヲさんインタビュー
──隣人のチカチカを相談しにいった裏野さんの対応や、主人公たちに家を売った不動産屋の態度には、人間って怖いな~と思わされました。こうしたエピソードは、何かモチーフがあるのでしょうか?
サル山ハハヲさん
「いままでに出会った強烈な方々から、性格の一部分だけを拝借しております。一見、優しそうなのに利己的だったり、裏の顔があったり。…結局、人間が一番怖いですね(笑)」

──サル山さんが発表している作品はすべて実話ベースだそうですね。今作の発端となったできごとはどのようなものだったのでしょうか?
サル山ハハヲさん
「本作は自分が体験したご近所トラブルと、いくつかの思い出話をミックスして描いています。あとがきにも書いたのですが、発端となったできごとはチカチカではなくドンドン(騒音)のトラブルでして…。ドキュメンタリーではないので『漫画』として再構築するために脚色や創作を多分に入れているのですが『妙にリアルだな…』と感じる部分があればそこは実話の可能性が高いです」
──突然、謎の光を点滅させてきた隣人を不安がる主人公に対して、波風を立てたくない夫は終始おざなりな対応をしますが、このやりとりがリアルだな~と思いました。夫婦の空気感を描くうえで気をつけたことはありますか?

サル山ハハヲさん
「本作に限らずですが、毎回キャラクターをたてて、頭の中でキャラクター同士ダラダラと日常会話をさせています。その会話から各人の性格とか夫婦の関係性を拾えれば、空気感や細かい部分のセリフがおのずと固まってきますね。
実を言うと夫婦のさりげない会話をもっと盛り込みたかったのですが、決まったページ数で物語を畳まないといけない制限と、文字数をなるべく減らしたい葛藤がありまして…。泣く泣く削った描写もありますが、やりとり部分を褒めていただけて嬉しいです!」
──隣人のチカチカを警察や行政に相談しても相手にされず、主人公は孤立感を深めていきますね。このときの主人公はどんな気持ちだったと思いますか。
サル山ハハヲさん
「めっちゃしんどいですよね。『隣人ガチャ』という言葉もありますが、ご近所トラブルは被害者側が泣き寝入りになったり、解決にお金がかかったり、犯罪に繋がる可能性もあるので大っぴらにも動きにくいですし…。一番の理解者であってほしい夫に話すらも聞いてもらえず、『なんで私が』という気持ちでいっぱいだったと思います」

──読者をいい意味で裏切る、ミスリードが仕掛けられた作品だと思うのですが、読者に驚きを与えるために、気をつけたことはありますか?
サル山ハハヲさん
「漫画を描く際、プロット(物語の構想・流れ)、ネーム(キャラクターの表情・立ち位置・セリフ・演出など)を決めてから描き始めることが多いかなと思うのですが、その作業をしません。起承転結のざっくりとしたメモと、登場人物のキャラクターだけ固めて漫画に起こしています。
そのため、『ここでミスリードをひとつまみ…』とかはほとんど考えず、読者の方が驚いているタイミングで私も驚きながら描いています。
描いている本人が展開に驚きながら描いているのが漫画に作用しているのかもしれません」
──普通にしていたら交わることもなかったであろう隣人と主人公ですが、二人の関係性を描くにあたって難しかった点はありますか?
サル山ハハヲさん
「『ご近所さん』という独特の雰囲気です。『遠くの親類より近くの他人』と言われるように、たまたま近くに住んでいるだけの赤の他人だけど、困った時は助け合う…という相互扶助の関係って奥深くておもしろいなと。
『不気味な隣人』だった横沢さんですが、本当の人物像があきらかになる過程や、さりげない日常を表現するのが難しかったです」
──この作品を通して読者に伝えたいことはなんですか?
サル山ハハヲさん
「他者への理解と許容です。私自身、人付き合いが得意ではないので、初対面の時や相手のちょっとした言動で『この人苦手かも…』と感じてしまうことがよくあります。でも、相手のことを知っていくうちに『それもこの人の味だよな…』と許容できたり、もっと好きになったりと逆に価値観が広がることも多いなと。
もちろん『やっぱりこの人苦手だな』と再確認することもあります(笑)。読者の方に伝えたいこと、というほど大層な話ではありませんが、多少の清濁を併せのめる人間になりたいなあと思いながら描いていました。ただ、本当にヤバい人からは全速力で逃げた方がいいです」
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念願の一軒家を買ったとたんにトラブルに巻き込まれた立山家。小さなご近所トラブルだと思っていた出来事は、やがて予想外の展開を迎えます。
もしあなたが同じ立場だったらどうしますか?
取材・文=山上由利子