東大以外の受験を親に許されず5浪。耐えきれず学歴DVの家庭から夜逃げした青年の涙

「夜逃げ屋日記4」より

家族からのDVや虐待に苦しむ人の引っ越しを請け負う、特殊な引っ越し屋「夜逃げ屋」。そこで実際にスタッフとして働きながらさまざまな依頼者たちの壮絶な人生を描いてきた、漫画家の宮野シンイチさん。SNSでも大きな話題を呼んでいるこの作品は現在書籍が4巻まで発売されています。

最新刊の4巻に登場するエピソードは、「学歴DV」の被害者を描いたもの。宮野シンイチさんが「それまでに参加した依頼の中でも、自分にとって特別なもの」と語るこのエピソードをご紹介し、宮野さんにお話を伺っていきます。

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「夜逃げ屋日記4」あらすじ


「夜逃げ屋日記4」より

今回の依頼者は23歳の上原コウイチさん(仮名)。東大進学が当たり前とされる名家で育ち、兄と弟は現役合格。しかしコウイチさんだけは受験がうまくいかず、他の大学を受けることを許されないまま5浪目、ほぼ軟禁状態で勉強を強いられる生活を送っていたそうです。

「夜逃げ屋日記4」より

「夜逃げ屋日記4」より

東大に受からないことで母親から疎まれ「なんであんただけ毎回毎回こうなるのよ」「被害者ヅラすんな」「産まなきゃよかったわ」などと言われ、これ以上家にいたら気が狂うと感じたコウイチさんは夜逃げ屋に依頼します。

「夜逃げ屋日記4」より

そして夜逃げの当日。夜逃げの作業中だというのにどこか危機感がなさそうなコウイチさんの様子に、宮野さんは違和感を感じていました。話をしているうちに、コウイチさんの家族が彼の夜逃げのことを知っていることがわかります。

「夜逃げ屋日記4」より

「夜逃げ屋日記4」より

「夜逃げ屋日記4」より

どういうことかと話を聞くと、電話の発信履歴からコウイチさんが夜逃げを企んだことを知った母親は、自ら夜逃げ屋に電話して「いくらかかっても構わないので夜逃げをやってほしい」「はっきり申し上げますと邪魔なんです。うちにいるだけで迷惑」と話したのだとか。つまり、彼の夜逃げの意思を知った家族は、彼を体よく追い出すことにしたのだそうです…。

「夜逃げ屋日記4」より

搬出作業を終えた時、コウイチさんは空になった部屋を見ながら涙を流しました。「僕さえいなくなればみんな幸せになります」「どうして僕は生まれてきたんでしょうか」「誰も認めてくれなかったけど、僕ほんとに一生懸命頑張ったんです」と…。

「夜逃げ屋日記4」より

そんなコウイチさんの言葉を聞いた宮野さんは、彼の姿に自分の姿を重ねます。当時、漫画家を目指していたデビュー前の宮野さんは、担当編集者に「見込みがない」「もう漫画持ち込むのやめてくれる?」と見放されていました。そして「どんなに頑張っても誰からも認めてもらえない」と言うコウイチさんの気持ちを理解し、宮野さんは夜逃げ屋の依頼中に初めて涙を流したのだそうです。

「夜逃げ屋日記4」より

「夜逃げ屋日記4」より

夜逃げの引っ越し作業を終えてもまだ落ち込んでいるコウイチさんに、宮野さんは「必ず漫画家になる。君が生まれてきてよかったって思える作品を描く。それまで一緒に頑張ろう」と約束します。それを聞いたコウイチさんは、やっと笑顔を見せたのでした…。

著者・宮野シンイチさんインタビュー


――依頼者の上原コウイチさんについて、最初に会った時の第一印象を聞かせてください

宮野さん:
お金持ちの名家の子と聞いていたので、会う前は勝手なイメージで、もしかしたらちょっといけすかない感じなのかも?と思っていたんですが、すごく礼儀正しくて、優しい好青年でびっくりしました。

――東大以外の受験を許されず、自宅に軟禁状態で受験勉強を強いられ現在5浪目…という依頼者の境遇を聞いた時、どんなことを思いましたか?

宮野さん:
自分は生まれてこの方、東大に行けるとも、行こうとも思わなかったですし、「行け」と言われたこともなかったので、そこを目指して、というより目指すように強要されて5浪目というのは、想像ができないというか、一体どんな家なんだろう?と不思議に思いました。

「夜逃げ屋日記4」より

「夜逃げ屋日記4」より

――両親も息子の夜逃げの意思を知って止めないどころか、「家にいると迷惑」「邪魔だから夜逃げしてほしい」と夜逃げを後押しするような状況でした。依頼者は体よく親に捨てられたのだ…とわかった時の心境を教えて下さい。

宮野さん:
すごく優しくてどちらかと言うと気の弱い青年だったので、強く言い返すこともできずに、ただ、家族の期待に応えるために自分なりに頑張り続けた結果が、親に捨てられる形の夜逃げというのは、とても残酷で見ていて気持ちの良いものではなかったです。

――このコウイチさんの依頼について、「それまでに参加した依頼の中でも特別なもの」と作中で語られています。この依頼を通して経験したことや抱いた思い、宮野さんの中に起こった変化について詳しく教えてください

宮野さん:
本当にいろんな事情で夜逃げをする方がたくさんいるんだと実感しましたし、自分はこういう人たちのために、漫画を描きたいなと思った体験でした。当時は今以上に、漫画について迷走していて、少し漫画から離れたいなと思ってた瞬間もあったんですが、「いや…もう少し頑張って描こう」と、思えたのもこの夜逃げのおかげですね。

「夜逃げ屋日記4」より

――書籍には、コウイチさんの写真と作品への応援コメントもありますね。コウイチさんからの「夜逃げ屋日記は自分にとって本当に大切な作品」「ずっとずっと応援しています」というコメントについて、率直な感想を聞かせてください。

宮野さん:
やっぱり素直に嬉しかったですし、ここに来るまで本当に色々あったので感無量でした。頑張ってきて良かったです。

――こちらのエピソードへのSNSの反響などはいかがでしたでしょうか? 読者のコメントなどで印象に残っているものがあれば教えて下さい

宮野さん:
pixivで「コウイチくんに幸あれ!」と言うコメントがたくさんあったのはすごく嬉しかったと同時に、「作者さん頑張りましたね!」というコメントもたくさんあって、さらに嬉しかったのが印象的です。
いつも元気をくれる読者さんには、本当にいつも感謝してます。

「夜逃げ屋日記4」より


   *   *   *

コウイチさんの親による残酷な言葉や態度には胸が痛みますが、夜逃げを終えたコウイチさんから宮野さんへの「ありがとう」「今ちょっとだけ生まれてきて良かったって思ってます」の言葉には胸が熱くなります。人生を立て直すために夜逃げを選んだコウイチさんの笑顔と涙は、過酷な状況の中にも希望を感じさせるエピソードでした。

取材・文=レタスユキ

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