Twitterフォロワー数19万人超の「F」さんによる初エッセイ集『いつか別れる。でもそれは今日ではない』。この本は2017年4月の発売され、以降、大きな話題となり、15万部を超えるヒットとなっています。

そこで「レタスクラブニュース」では、本書の中から4篇をピックアップ、4週にわたり特別掲載します。今回は「憧れと好きの違いについて」。


結局人は、見た目か、中身かー『いつか別れる。でもそれは今日ではない』vol.2 画像(1/1) 『いつか別れる。でもそれは今日ではない』

結局人は、見た目が大事なのか、中身が大事なのか。答えはこうだと思う。

見た目以上の中身でなければならない。

逆に、中身以上の見た目に魅力はない。


もう私たちは見た目だけで誰かを愛せるほど若くはないし、性格だけで愛せるほど達観したお人好しでもない。人生の半分以上は、そんな子供でも大人でもない期間だ。そのくらい気ままでいいのだと思う。そもそも選択肢が二択しかない問題は設問自体が間違っているものだ。大抵用意された選択肢に、正解はない。

ともあれ、選択問題を解くのは簡単である。でも「それを選択した理由を述べよ」という問題になると、話は幾分ややこしくなる。

人は、とにかく理由が好きな生き物だ。なににでも誰にでも理由を欲しがる。

 たとえば初対面の人と互いの趣味を教え合う場面で「どうしてそれを好きになったのですか」。就職や転職の面接の場面で「どうしてそれを始めようと思ったのですか」。あるいは、友人との会話で「どうしてその人と付き合おうと思ったの」。

まぎれもなく、知りたいという好奇心があるから人類は猿人から進化を遂げたのだけれど、「なぜそれを好きになったのか」という質問は、たまに軽い暴力のような響きを伴って襲ってくる。そうして毎度その類の質問に、私は頭を抱え込むことになる。

 好きになった理由は、答えにくいからだ。本当に好きであればあるほど。

適当な理由はもちろんいくらでも思いつく。

どうしてその人のことが好きなのかと訊かれて、「笑った顔が好きだから」だとか「優しいから好きだから」と答えるのは簡単だ。でも、事実は違う。その理由らしき理由は、他の「顔の良い人」や「もっと優しい人」といった、その特性を満たす他の人とは代替可能なはずだった。しかし、そんなどこにでもいる代替可能な人間に魅かれたわけでは、断じてない。「だから好き」ではない。ふと、好きになってしまった。

そうだ。論理的に説明できないから好きになった。あらゆる言葉や修辞ではもはや取り繕えないから好きになった。もはや誰かに説明する必要性さえ感じないし、そうすることも不可能だと思えるほど、途方もなく孤独にさせられたから好きになった。

一体全体、理由がわからないから、好きなのだ。


 だからもう、好きに、理由はいらないと思う。

だからもう、私たちは、誰かに理由を訊くということを放棄していいと思うのだ。どうしてそれを好きになったのかと訊かれて、いいえ、分かりません、と答えたなら、こいつは無責任な人間かもしれないと思われるかもしれない。でも、それでいいのだ。それが唯一の真実なのだ。

私たちは分かり合えないままでいい。

誰とも分かり合えないまま、黙って愛し合いたいのだ。