「なぜ?」と思う身近な謎、放置されていませんか? 知りたがりで、すぐ電話をしてしまうスーパ―マーケット研究家・菅原佳己があなたに代わって疑問を解決。「なぜ?」の裏側にある真実は、予想を超える答えだったりします。知識も味の一部。いつものあの味も、知ればもっと美味しくなるのです。

江戸(東京)で食べられていない、愛媛県産おかず缶詰「江戸ッ子煮」とは? 画像(1/2) 「江戸ッ子煮」の小さい「ッ」にも江戸っ子っぽさを感じさせるネーミング
「江戸ッ子煮」の小さい「ッ」にも江戸っ子っぽさを感じさせるネーミング

〜愛媛のご当地缶詰「江戸ッ子煮」についての疑問〜

【疑問】江戸(東京)で食べられていない、愛媛県産おかず缶詰「江戸ッ子煮」が、地方で定番の理由とは?

出会いは古都・金沢のスーパーでした。生まれも育ちも東京の私が、人生で初めて見た「江戸ッ子煮」。でも、製造元は、江戸から遠く離れた伊予の国、愛媛県…と、何がなにやら。そしてその味も、江戸とは無関係のスパイシー風味なのです。そんな愛媛のご当地缶詰「江戸ッ子煮」の謎に迫ります。

メーカーの株式会社アール・シー・フードパックに電話してみました。

【答え】

「江戸ッ子煮」は同社の看板商品で、おかず缶詰として完成度の高い一品。中身は、大豆、牛肉、しらたき、たけのこ、昆布のかんぴょう巻が醤油と砂糖、さらにカレー粉で味付けされた煮物です。おそらく、カレー粉がネーミングの由来と思われます。

「秘伝のスパイスの正体は?」

戦前(1941年以前)から同社で販売されていたという「江戸ッ子煮」。コアなファンが多く、家でのおかずやおつまみのほか、お弁当の一品として缶ごと持ってでかける人もいるのだとか。その名前の由来を質問したところ「明治時代創業の歴史ある缶詰・レトルトパウチの食品メーカーですが、途中、創業家が経営を現在の会社に譲ったため、資料がほとんど残っていない」と、現・代表取締役の藤田宣邦さん。そのうえで、「江戸ッ子煮」の名前の由来がこのカレー粉にあるのではないかと推測しているというのです。

「カレー粉と江戸の関係」

日本初のカレー粉は1930年代に東京で発売されています。その点からみれば、確かに当時の感覚からすると「カレー粉」=「東京(江戸)」の味と言えるかもしれません。さらに、ネーミングされた大きな理由に「当時は四国の愛媛から見れば、東京は海の向こうの今よりはるかに遠い憧れの地であったはずなので、羨望の気持ちから“江戸ッ子煮”と命名した可能性も」と藤田社長。事実、昭和のころは全国に「○○銀座」「○○トーキョー」的な商店街やお店がありました。そんな当時の事情を知れば、東京の人が知らない「江戸ッ子煮」が、愛媛で70年以上もの間、製造されてきたことも不思議ではないのです。

江戸(東京)で食べられていない、愛媛県産おかず缶詰「江戸ッ子煮」とは? 画像(3/2) おつまみにもぴったり。カレー風味が食欲をそそります
おつまみにもぴったり。カレー風味が食欲をそそります

【予想以上の答え】

さて、この「江戸ッ子煮」、意外なことに大阪の中心部と金沢で人気があるそうです。その理由は、昔から取引のある問屋さんがいる地域という流通事情によるものですが、その地域でも今ではすっかり「江戸ッ子煮」は準ご当地食に。大阪の一部の市では学校給食に同名のメニューがあるほど定着しています。また、北陸で年間8万缶を売るご当地缶詰「たらの子」のメーカーの本拠地金沢では、お金のあるときは「たらの子」、懐がピンチのときは「江戸ッ子煮」というほど、おかずの救世主として大活躍しているのです。

まだまだ謎の残る「江戸ッ子煮」ではありますが、金沢で出会った愛媛の「江戸ッ子煮」の秘密の一端が、少しだけ解明されました。

【東京ウォーカー/記事提供=レタスクラブ】