初めての夫婦ケンカ。仲直りをする前に「夫が突然死」した妻の絶望と後悔

#くらし   
2人の幼い子どもと私を残して夫は逝ってしまった

ある日突然愛する人がこの世を去ってしまったら──。
作家のせせらぎさんとご主人は、ある夏「10年間一緒にいて初めての長い喧嘩」をします。「ちゃんと話し合うまでこの件は許さない」と、せせらぎさんは、お仕置きをかねて1歳と3歳の子どもを連れて自分の実家に帰ります。しばらくして「反省して過ごしています」というメッセージが届き、週末に話し合うことになっていました。
ですが、その週末が来る前に、ご主人は亡くなってしまいます。
死因は『虚血性心筋症』。何の兆候もなく、ずっと続くと思っていた子どもと自分と夫の日常が崩れ去ってしまったのです。

夫の死を受け入れられないけれど、それでも父親が死んでしまったことをまだ理解できない幼い子どもたちをしっかり育てなければ…。
突然夫を失った妻の率直な気持ちをつづった『旦那が突然死にました。』は、多くの人の胸を打っています。

やめて!連れて行かないで!

今回は、作者のせせらぎさんに、突然の別れをマンガとして発表した理由や、今改めて思う事についてお話をうかがいました。


夫の突然死を描いた理由

──本作品はパートナーが突然亡くなってしまう、という非常に辛い実体験を描いていらっしゃいます。世に発信しようと考えられた理由を教えていください。

せせらぎさん:最初は単純に「まーくんがかわいそう」だけでした。もう誰も彼と出会うこともなく、忘れられていく一方だなんて…。「まーくんという人が生きていたこと」を残したかったんです。
死別3年後に目標となるものを出版して、もう発信はしなくても良いのだけども、さらにそこから2年経った今、私の描くもので、辛い思いをしている人たちの何かきっかけのひとつになれたらいいなと思うようになりました。
「夫の突然死」というのは、とても衝撃的なこと。だからこそ、私の経験をきっかけに知ってくれた人に何かを渡せたらなと。死別者でも、そうではなくても。反発を買うこともあるけども、だれか一人にでも心に届いて、温かく生きていくきっかけになれたらと思っています。
最初は彼のための作品だったのですが、思い返すと私にとってもとても意味のある発信だったのだと思います。取材を受けたり、講演会の依頼が来たり、大切なことを伝える機会をいっぱいいただきました。本当はこの本は私がまーくんに贈るプレゼントだったのですが、こうやって伝える機会をいただけることは、まーくんからのプレゼントだったのかもしれません。

『旦那が突然死にました。』より


苛立ち、悲しみ、世界が敵だった

──当然のことながら、大切な人を失った、ということはすぐには受け止めきれなかったのではないでしょうか。当時の自身の感情や思っていたことを教えてください。

せせらぎさん:世界が敵でしたね。目に映る全てのものに苛立ち、悲しみ、絶望していました。街を歩く人も、進んでいく時間も、見ることも聞くことも嫌でした。
思い描いていた未来と、今の生活が一瞬で無くなってしまったので、家族も友人も社会の制度も、誰も何も救ってくれないと思っていました。
それでも、子どもたちのために、死んでしまった彼のために、これからを生きていかないといけない自分のために、絶対に幸せに生きる、そのためになら何だってする、そう固く決めていました。隣にある絶望に泣きながら、ずっと(あるかもわからない)希望を見つめていました。


──ご主人はどんな方でしたか? せせらぎさんにとってどのような存在だったのでしょうか。

せせらぎさん:まーくんはとても不思議な人で、時間や約束を守らなかったり、人としてどうなんだ!?というところもあったのですが、それもみんな知った上で本当に愛されていました。「あいつのことみんな好きだよね」そう言われていたし、それが全てを物語っている気がします。
そして、そんなまーくんは私の全てでした。
家族であり、恋人であり、親友であり、仕事仲間でもありました。誰よりも話を聞いてくれて、こんなにストレスや緊張なく一緒にいれる人は初めてだと思っていました。どうして居心地が良かったのかと考えた時に、ちゃんと心を向けて大事にしてくれていたからなのだと、死んでから彼の愛情にたくさん気づきました。

『旦那が突然死にました。』より


──旦那さんとの暮らしの中で特に印象に残っていることを教えていただけますでしょうか。

せせらぎさん:付き合って初めての私の誕生日にもプレゼントどころかお祝いの言葉もなく、メールは基本的に返ってこない、プロポーズもありませんでした。そんな彼だったのに、生活を重ねるうちに私の誕生日にはホールケーキを2個買ってくれたり、近くても遠くてもどこかへ行ったらお土産をくれて、仕事の移動の合間にもちょくちょく電話をしてくるほどになりました。一緒に住んでいるのにほぼ毎日、なんらかの電話をしていましたね。私は知らなかったのですが、元々「子どもはいらない」と言っていたのに、それが下の子が生まれた頃には「3人目がほしい」とまで言っていたそうです。彼にとってそれくらい幸せを感じる家庭で、幸せな時間だったのかな…と思っています。

──お子さんを抱えながら一人で育てていく…とても大変なことだと思います。「夫がいたら」と思う瞬間がたくさんあると思うのですが、特にそう思う時はどのような時でしょうか?

せせらぎさん:私が体調を崩した時ですね。何よりも大変です。買い物にいけない、子どもを置いて病院にいけない、かといって子どもを連れて病院にもいけないという…。辛いのに横になることも出来ず、幼児期の男の子二人のお世話を倒れそうになりながら全部一人でやらないといけないという状況が一番きつかったですね。

『旦那が突然死にました。』より


──周囲の方に救われた、と思うこともあると思います。周囲の方との関わり合いで印象的なエピソードなどありましたら教えていただけますでしょうか。

せせらぎさん:死別当初は本当に何も救いにならなくて、トゲトゲしていました…。その中で友人がずっと朝になるとラインを送ってきてくれていたんです。私は返せる時に返していたのですが、それでもずっと送ってきてくれて。それも他愛ない、「今日は晴れだよ」とか「暖かくなるみたいだよ」とか。最終的に「私ウェザーニュースみたいだな!」って自分で言っていました(笑)。
そうやって私のことを気に留めてくれる人がいるということ、優しい素敵な人って実はいっぱいいるんだということ、それに気づけたことが、私が人を好きになって交友関係を広げるきっかけになったと思います。

今、ようやく明るいところへ出てこれた

──少し時間が流れた現在、改めて感じていることや考えていることを教えていただけますか。

せせらぎさん:丸5年経った今、やっと明るいところへ出てきた気がします。まだ沈むこともあるけども、ものすごく苦しいところへ引き戻されることがなくなりました。それは多分、自分でちゃんと立ち始めたからと思うんです。
まーくんが死んでから、ずっと自分の生き方を問うてきました。何をしたいのか、どう生きたいのか。思春期でも、就活中でもこんなに自分自身を見つめ、自分の生き方を考えたことはありませんでした。
30歳を超えたタイミングでしたが、誰のせいにもできないから、自分のやりたいことに何でも飛び込んで、興味を広げて、自分で考えて動くようになりました。世界の広がり方と輝きが段違いです。まーくんが亡くなってしまう、という悲しいきっかけでしたが、今私が生きている世界は彼が広げてくれた世界です。

死別当時は未来なんて見られなくて、これからどうなっていくかも分からず不安だったのですが、希望を探して、出来なくてもやりたくなくてもずっと前だけ見つめてきました。
大切なのは、出す一歩がどれだけ重くとも小さかろうとも、向く方向を間違えないということ。そうすれば必ずそちらに向かうことになります。どんなに辛い現状も、変えたければ変えていけるんです。自分の見つめるもの次第だと知ることができました。
まーくんは私の仕事上の師匠だったので、人生の向き合い方も、自分への向き合い方も、ずっと私の心の大事な場所で、教え続けてくれるのだろうなと思っています。悲しくて、とても幸せなことです。

──つい家族はいつもそばにいるもの、と思ってしまっている自分がいます。改めてせせらぎさんから「大切な人」との関わりについてのメッセージをいただだけますでしょうか。

せせらぎさん:「死はどこか遠いもの」私もそう思っていました。誰かに何かが起こっても対岸の火事。でもそれって大きな間違いで、確実に全員死ぬこの世界で、決して他人の話ではありません。誰がいつ死ぬかだなんて、誰にも分かりません。来年にはいないかもしれない。来月かもしれないし、明日かもしれません。だから、今生きている時間を、一緒にいられる時間を、どれだけ愛して楽しんで過ごすのか…それが全て。相手にイライラしたり不満を募らせたりグチグチしてる時間って、本当くだらなくて人生の無駄だと思います。限りのある時間なのであれば、好きな部分だけを見ていれば良かった…。
人生の主役は自分です。子どもも夫も家族も、ただ重ねる時間があるだけで、言ってしまえば他人です。重なる時間がある時は、その時間が幸せで溢れていてほしい。その時間がケンカをしてたりイライラするのであれば、極力重ねず、他の好きな時間を増やせばいいんです。自分の人生が幸せであるように、限りある時間が有意義になるように…。家族であっても、家族でなくても、大切だと思う人を自分が大切にすればいいのではないでしょうか。
「死」ってどこか遠いもので、話題としてタブーにされがち。でも、ちゃんと「死ぬんだ」って理解して、この時間は終わるんだって感じることは大事だと思います。
限りのあるものだから大事にしないといけないんですよね。自分のことも。大切な人も。この時間も…。結果、長生きしたとしても、そうして生きた時間は素晴らしいものになると思います。


私たちの質問に丁寧に率直に答えてくださったせせらぎさん。『旦那が突然死にました。』からはもちろん、今回のインタビューでも、パートナーである「まーくん」への愛をとても感じました。
私たちも、突然愛する人を失うかもしれない…。大切な人を残して、自分が突然いなくなる可能性もあります。せせらぎさんの体験を通して、何気ない毎日、小さな幸せを、家族を、他人を、そして自分を、もっと大切に、慈しみながら生活していきたいと心から思います。

文=mm

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