物を増やして、複雑な暮らしを vol.4「考えごとで家事を楽しむ」 山崎ナオコーラのエッセイ

#くらし   

雑誌『レタスクラブ』で連載中の山崎ナオコーラさんのエッセイ「考えごとで家事を楽しむ」をレタスクラブニュースでも特別公開!

家事に仕事に子育てに大忙しの毎日。実体験に基づいた言葉で語られるからこその共感や、生活を楽しむためのヒントが隠されています。

今回はvol.4「物を増やして、複雑な暮らしを」をお届けします。

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「物を捨てて、シンプルな暮らしを」といったスローガンを最近よく見かける。

「部屋の中には必要最低限の物だけを残し、どんどん捨てていこう。一年間一度も触っていない物とは、さよならだ。思い出の詰まった物は写真に撮って、実物はゴミ捨て場に置きにいこう。使っていない物が陣取っている場所に家賃を払うのはバカバカしいし、物をたくさん所有すると場所だけでなく頭の中もしっちゃかめっちゃかになって、気持ちも暗くなる」なるほど、と思う。

「物だけでなく、人間関係や、毎日の習慣も整理しよう。会うと気持ちが暗くなる人の連絡先は思い切って消して、疎遠にしよう。習慣を整えて無駄な時間を減らし、必要な行動だけで快適に暮らそう」本当に、なるほど、と思う。

 二軍、三軍の物や、変なお土産、似合わないから着ないのに持っていたい服、いつか役に立つと信じているのに十年間なんの役にも立っていない物、可愛くないのに限定品だから捨てたくない物……、自分が本当に必要としている物ではない物に囲まれていると疲れる。思考が寄り道するからだ。自分が本当に考えたいことではなくて、自分に関係ない、且つ、くだらないことをいろいろ考えさせられてしまう。

 人間関係や習慣も、余計な細かいものが絡まっていると一日過ごすだけでぐったりする。酒も飲みたくなる。

 シンプルな暮らしをしている人はおうおうにして痩せているし、ダイエットの成功にはまず部屋や暮らしの整理整頓を済ませるのが近道なのは間違いない。

 そう思って、奮起したことが何度もあった。整理整頓や掃除の本を何冊も買って、今も本棚の奥にある。

 しかし、私にはできなかった。私の家には、二軍、三軍、四軍の物、変なお土産、読んでいない本、すでに読んでおそらくもう読み返さない本、その他いろいろな「本当ならば、いらない物」で溢れている。人間関係や習慣も複雑に絡まり、いつも頭が痛い。

 しかし、「本当」とは一体なんだろう? 芯があるのか? 今のこの状況の中央に、「本当の自分」「本当の暮らし」が隠されているのか? ごちゃごちゃしているところから、いらない物を取り除いたら、「本当」だけが残るのだろうか?

 はなはだ疑問だ。たぶん、芯なんてない。このごちゃごちゃした全体が自分なのだ。私が今、「自分に関係がない」「本当は好きではない」と思っている物も、自分の一部なのではないか。

 古道具ニコニコ堂の店長・長嶋康郎さん(ヤスローさん)という友人がいる。芥川賞作家の長嶋有さんのお父上だ。ヤスローさんは、たくさんのガラクタに囲まれて生きている、ユーモアたっぷりの人だ。私はひょんなことで知り合い、たまにお店に伺って話を聞く。

「おしゃれな暮らしをしている人は、他人からもらったお土産を簡単に捨てている情のない人だ」といったようなことを、以前、ヤスローさんが言っていた。

 確かに、統一感のあるおしゃれな部屋でシンプルに暮らす人は、他人からもらった物や、日常に自然と紛れてくる雑多な物を、すぐに取り除いているに違いない。もちろん、情深い人だって他人からの贈物をまったく捨てずに過ごしているわけではないのだが、捨てる捨てないの線引きに悩み、変な線を引いてしまうのが人間というものではないか。

 雑多な物にごちゃごちゃと囲まれ、スマートに人間関係を築けず、暗い気持ちで過ごしている私も、これはこれで人間らしい暮らしをしている、ということで、良いのではないか。

「何もない真っ白な部屋で育児をすると、赤ちゃんが上手く成長できない」と、どこかで読んだ。ごちゃごちゃと刺激のある部屋で考え事をした方が人間として成長できるのでは、なんてことも思う。

(続く)

文=山崎ナオコーラ イラスト=ちえちひろ

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Information

■著者:山崎ナオコーラ
1978年福岡県生まれ。埼玉県育ち。2004年『人のセックスを笑うな』で作家デビュー。エッセイ集に『指先からソーダ』『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』などがある。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。初めての絵本『かわいいおとうさん』(絵ささめやゆき、こぐま社)も刊行。
山崎ナオコーラさんのTwitter

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