僕の人生散々だった 月収15万円だった現役介護士の僕(1)

#くらし   

みなさんはじめまして。たんたんこと深井竜次と申します。

「一体お前は何者?」と思う方も多いと思いますので、少し自己紹介をさせてください。

僕は、島根県にある介護施設で現役介護士として働いている26歳です。

正社員ではなく派遣社員を選択し月8日のみ勤務、そのかたわら副業でブログを始め、月収15万円から月収100万円へ収入アップすることに成功しました。

介護職の給料は手取り月15万円


そんな僕のことを面白がってくれた朝日新聞のニュースサイト「withnews」から取材を受け、Yahoo !ニュースでアクセスランキング1位、NewsPicksの週間ランキングで2位になるほど、多くの方から反響をいただきました。

17歳のとき母をガンで亡くした


僕は島根県の出雲大社で有名な出雲市に生まれました。ごく普通のサラリーマンの父と専業主婦の母に育てられました。

幼い頃の僕は、とにかく多動で同じ場所にじっとしていることが苦手な騒がしい子どもでした(今でもそんなに変わりませんが)。

僕が小学生のときに母親がガンを患い、家と病院を行き来しながら入退院をくり返していました。

そして、17歳の高校2年生の冬。自宅でぐったりした母が自分の目の前で救急車で救急搬送され、数日後に亡くなりました。僕は高校2年生、弟は高校受験が間近に迫っていました。

残された父親は本当に大変だったと思います。それでも、僕たちの前では弱音を吐かず、シングルファーザーとして僕と弟を懸命に育ててくれました。

父には今でも感謝の念でいっぱいですし、心から立派な父親だと思っています。そして、僕はなんとか地元の公立高校を卒業することができました。

保育所に就職したもののうつに


高校卒業後に僕が目指したのは保育士でした。

中学生のときに職場体験で行った幼稚園で「お兄さんもう帰っちゃうの? もっと一緒に居たかったよ」といってくれた園児の言葉が忘れられなくて、保育士の道を志しました。

家庭は経済的に余裕はありませんでしたが、地元の保育士養成の専門学校へ通わせてもらい、保育士資格と幼稚園教諭免許を取得しました。

しかし、僕は1年足らずで保育士を辞めてしまいました。

女性の多い保育士の社会に慣れることができなかったこと、不器用で細かな作業が苦手なこと、覚えの悪さや気遣いが下手などの理由で、僕は先輩保育士さんに嫌われてしまいました。

一向に仕事を任せてもらえず、俗にいう「窓際族」で、雑用

や人手不足の穴を埋める仕事ばかりしていました。

【画像】 先輩保育士に嫌われ、雑用ばかりで窓際族の日々を送っていた僕はうつに


「他の同期はクラスを持っているのに、僕は一体何をしているのか?」と心がすさんでいき、自分のことを嫌いになっていました。

ついに、うつになってしまい、退職してしまったのです。

僕は、保育士の専門学校に通わせてくれた父親に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

中学生の頃から夢だった保育士になれたのに、現実の厳しさと自分の無能さによって、簡単に挫折してしまったのです。

介護職の給料は手取り月15万円


その後、介護職になったきっかけをお話しします。たまたま知人に介護職の仕事を紹介してもらい、未経験のまま介護業界に足を踏み入れました。右も左もわからない介護の仕事に最初は戸惑う部分もありましたが、先輩が根気よく介護のイロハを教えてくれたおかげで、不器用な僕でも続けることができました。

しかし、働いていくにつれて大きな疑問を感じるようになりました。

それはお金の問題です。

介護の仕事は好きでしたが、それ以上に給料の低さが大きな障害になっていました。

月収は手取り15万円。毎日のお昼ご飯は節約して、近所のスーパーに売られる100円以下のカップラーメンばかり。

同僚の多くは、給料の低さを理由に退職していきました。

そんな同僚たちの姿は、将来の自分を見ているようでした。

正社員を辞め、副業で月収100万円へ


そんなとき僕はあるブログに出会いました。

ブログを書いているだけで月に数十万円も稼いでいるというのです。

昔から文章を書くことは好きだったので「僕にも稼げるのでは?」という安易な気持ちで、2016年頃、介護職をするかたわら雑記ブログを書き始めたのです。

そして、正社員で勤めた施設を3年で退職し、稼ぐために上京を決意。

社会保障の安定を確保しながら、正社員より時給のいい派遣社員を選択し、東京の介護施設で「夜勤専従」の派遣で働き始めました。

東京で出会ったブログ仲間にノウハウを教わり、趣味のブログを副業へシフト。派遣で働く労働時間を減らし、副業を本格化しました。

そして、2019年に入りブログのアクセス数が爆発的に伸び、月収100万円を突破。月収15万円だった僕の生活は大きく変わったのです。

派遣× 副業でゆるく働きながら稼ぐ


Twitterで「#手取り15万円」という言葉がトレンド入りしたことがあります。僕の介護職の給料は今でも手取り15万円です。15万円で何ができるでしょうか?家賃や生活費を払っただけで手元に残るのはわずかです。

僕は、学歴があるわけでもスキルに長けているわけでもない、本当に平凡な人間です。そんな僕でも、「このままではいけない」と自分の状況に危機感を抱き、もがきながら死に物狂いで行動しました。

お世辞にもここまで人生が上手くいっているといえなかった僕ですが、「派遣社員×副業」という、自分のペースで働きながら、月収100万円が手に入るビジネスモデルを導き出すことができたのです。

これから、僕が試行錯誤をしながらたどり着いた、「派遣と副業をかけ合わせた幸せな働き方」のノウハウをお話ししたいと思います。

「正社員になれなくて不安」「就活がうまくいかない」「少しでも収入を上げたい」「もう少しゆるく働きたい」「在宅ワークを取り入れたい」、そんな方に提案したい働き方です。

こんな僕にだってできたのですから、副業は「誰でも挑戦できる武器」だと胸を張っていえます。

給料が低くても、その状況を誰かが救ってくれることはありません。だからこそ自分の人生に責任を持ち、一旗あげてみるのもいいのではないでしょうか?

学歴もスキルもない26歳の介護士が選んだ道は「派遣社員×副業」という働き方。「月収15万円だった現役介護士の僕が月収100万円になった幸せな働き方」


著=深井竜次/「月収15万円だった現役介護士の僕が月収100万円になった幸せな働き方」(KADOKAWA)

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Information

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Twitter@tantan4423

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