介護が一段落したら離婚しよう「子育てとばして介護かよ」の現実【後編】
ある日突然、義理の両親の介護問題に直面することになった島影真奈美さん。フリーライター・編集者として働く島影さんが、同居せず、仕事を続けながら介護体制をととのえるまでのドタバタをユーモラスに描いた『子育てとばして介護かよ』が話題です。「これまでの生活を大きく変えることなく介護ができている」そうですが、そこに至るまでは、紆余曲折がありました。インタビュー後編です。
◆介護で勃発した夫婦問題。失望し、腹を立て、“言っても無駄”と決めつけ……
――『子育てとばして介護かよ』は、noteで「別居嫁介護日誌」として連載していたものです(現在も連載中)。書き始めてみて、周囲の反応はどうでしたか。
「周りから『実はうちも……』と打ち明けられる機会が急に増えて驚きました。同世代どころか、もっと年下の友人知人、時には初対面の人から『実は、おじいちゃんが脳梗塞で倒れたばかりなんです』と相談されたり、『介護ってどうですか』と聞かれたりすることもあります。『本格的な介護が必要なわけではないけれど、親(あるいは祖父母)が心配』といった段階での悩みごとを気兼ねなく話せる場があまりないということにあらためて気づかされました」
――ご夫婦の関係も興味深かったです。介護が一段落したら離婚しようとまで思い詰めていた気持ちが変わっていく過程について、もう少し聞かせてください。
「夫はもともと、一緒にいれば抜群に愉快で、頼りになる存在でした。仕事でもプライベートでも、相談すれば的確な助言をくれる最大の理解者だと思っていたんです。介護が始まってからも、もの忘れ外来の受診は毎回、夫婦で一緒に付き添っていたし、介護についてもそれなりに話し合っていたのですが……。
介護の話になると夫の口は重く、表情も暗くなりました。その姿がわたしの目には不機嫌そうにも、冷ややかにも映り、それがつらかったし、許せないとも思ってしまったんです。ただでさえしんどいのに、冷たい態度をとられたら、耐えられない。だったら、黙って自分ひとりで対応するほうがいいとも思っていました。でも、完全には割り切ることもできなくて。
そうなると、細かなことが気になり始めます。たとえば、当時、夫婦で一緒に夫の実家に行くことはあっても、夫が一人で行くことはほとんどありませんでした。私が“ソロ対応”することはあるのに、じつの子どもである夫がそれをしようとしないのは不公平な気がする。何かにつけて『そこまでやらなくていい』『無理しなくていい』と言うけれど、『俺が代わるよ』とは言わないわけです。やっぱり他人事か! と失望し、腹を立て、“言っても無駄”と決めつけ……という、マイナスのスパイラルに入り込んでいきました」
――その不満があるとき爆発するわけですね。
◆夫の他人事のような発言にブチ切れ…
「『介護はいろいろあって大変だと思うけど、でもきっと幸せだよね。俺という理解者もいるし』と夫に言われ、ブチ切れたことがあります。自分の親の介護の話なのに、“理解者”とは何ごとか、どこまで他人事なのか!? と怒りまくったんですが、夫も心外だと言って一歩も引かないんです。その態度にますます腹が立ったのですが、よくよく聞くと、『これだけあなたがいろいろ頑張ってくれているのに、自分が“主役”づらするのはおかしい。だから俺は全力で応援する』というのが夫の言い分でした」
――「“主役”づら」ですか。
「斬新な返しですよね(笑)。まったく想像もしてなかった言葉に度肝を抜かれ、怒りがどこかに行ってしまいました。どうやら、夫は「親の介護」をしているつもりはあまりなく、『“親の介護をしている妻”を助けようと必死』だったらしいことがわかって。まさかの介護の対象はわたし!? ということに心底驚かされました。そう考えると、実家に一人では行かない(わたしが行くときだけ一緒に行く)のも、わたしへの“そこまでやらなくていい”という発言も理解できるんです。
そんなすったもんだを繰り返しながら、わたしも少しずつ冷静さを取り戻していき、『そこまでやらなくてもいい』『(夫の実家に)無理して行かなくてもいい』という夫の言葉は願ってもないエールだと思えるようになりました。『頑張ってくれないと困る』と言われるより100倍ありがたいし、案外いいこと言ってるじゃん! と。
その後はわたしも、夫への伝え方を工夫するようになりました。何かの役割を代わってほしいときは『代わってくれる?』とストレートに伝える、といった具合です。それまでは、不安や不満をなんとなく漠然と口にしていたので、『そこまでやらなくてもいい』という、“慰めの言葉”が返ってきてしまっていたんだと気づいたんです」
◆そこまで言わなきゃダメ!?というくらいに言語化する
「思っていることをなるべく言語化するよう、あらためて心がけてもいます。
“自分の親のことなんだから自分ですべてやれ”と言いたいわけではなくて、
『介護のことで立て込んで(わたしは)疲れ果てているので、何か元気になるようなことを言って欲しい』
『無性につらくて、あなたに対して許せない気持ちが高まってるんだけれど、どうすれば解消できるのかよくわからないから、一緒に考えて欲しい』etc…
――かなりていねいに伝えていますね。
「そこまで言わなきゃダメ!? というぐらいお互いに説明していると、面白いもので、ツーカーでわかる瞬間も増えてきます。以前であれば、『しんどいな……』と思ったら、とにかく自己申告が必要でした。でも、最近は夫の危機察知センサーの感度が上がり、『ちょっと疲れてるみたいだから、何か甘い物をお腹にいれておく?』『無理せず、面会は早めに切り上げようか』など先回りしてフォローされることが多くなったような気がしています」
――ご両親の現在の状況を教えてください。
「『子育てとばして介護かよ』の『おわりに』でもご紹介しましたが、義父の肺炎による緊急入院などを経て、“一時療養”の名目で、夫婦そろって有料老人ホームのお世話になっています。施設に入ると認知症が急速に進むとよく言われますが、義父はむしろ元気を取り戻し、囲碁仲間と一日中勝負できるぐらいまでに復活しました。
義母も認知症がゆるやかに進みつつも、マイペースに過ごしています。『家に帰る』という訴えは定期的にありますが、『前みたいにいろいろな人が訪ねてくる暮らしはイヤ』『ここ(施設)は困ったときだけ助けを呼べるから便利なの』『あなたも住んでみる?』などと言われることもあります。
しかし、そうこうしているうちに、義父が体調を崩し、入退院を繰り返すようになりました。昨年の秋、大量下血で義父が救急搬送されたときは、わたしの頭が真っ白に。医師の説明も頭に入らず、使いものにならない状態に陥りました。幸い、義父が『詳しいことは息子に』と病院側に意思表示してくれていたおかげもあって、夫がキーパーソンになり、てきぱきと手続きを進めてくれて助かりました。
義父が91歳、義母が88歳という年齢を考えると、いつ『看取り』のステージに移行してもおかしくないとわかっていたはずですが、いざ直面するとやはり動揺してしまうものですね。ただ、わたしは引き続き介護のキーパーソンを引き受け、夫は医療関係のキーパーソンを担当するという、新しい役割分担が生まれたのは結果的によかったなと感じています。わたしがメインで、夫がサポートという関係ではなく、キーパーソン同士の対等なやりとりが増えたことで、わたし自身の介護に対する負担感はずいぶん減ったような気もしています。
今後、親の老いがもう一段階進めば、きっとまた大変な思いをする時期がやってくるのだろうと思います。看取りのターンを飛ばして、親の死に直面する日が来ても不思議ではないし、また驚くほど簡単に追い詰められ、テンパってしまう可能性もあります。ただ、仮にそうなったとしても多分、大丈夫。夫婦で力を合わせればなんとか乗り切れるはず。そんな風に確信を持てるようになったことが、もうすぐ4年目にさしかかる介護生活のいちばんの収穫だと言えるかもしれません」
マンガ・イラスト=川
構成=編集部
Information
『子育てとばして介護かよ 』
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●島影 真奈美/国内で唯一「老年学研究科」がある桜美林大学大学院に社会人入学した矢先に、夫の両親の認知症が立て続けに発覚する。まさかのダブル認知症におののきながらも、「介護のキーパーソン」として別居介護に参戦。現在も仕事・研究・介護のトリプル生活を送る。実体験をもとに、新聞や雑誌、ウェブメディアなどで「もめない介護」「仕事と介護の両立」「介護の本音・建前」「介護とお金」などをテーマに広く執筆を行う。特技は失せもの探し、親を説得せずに“その気”にさせること。
●川/東京都生まれ。東京藝術大学卒。結婚と長男の出産を機に夫の実家・鳥取県で子育てをスタートさせる。近所の店までは車で40分かかる田舎暮らしを始めて10年。鳥取の美味しい食べ物と近所の温泉街、そして子どもたちの笑顔にかこまれた日々を綴ったコミックエッセイ「こんげでカーチャン!」(KADOKAWA)が人気
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