「ていねいな暮らし」ができない私ってダメな主婦? ゆるっと哲学(8)

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昨今、新型コロナウイルスの流行により、家にいることが多いですが、その中でも「ていねいな暮らし」という言葉が注目を集めています。

「ていねいな暮らし」という言葉は2010年代半ばから現れるようになった言葉で、最近では、「丁寧な暮らしをする餓鬼」というイラストが話題を呼びました。

ところで、「ていねいな暮らし」とは一体何でしょうか?
「ていねいな暮らし」というと、「手作りお菓子を作ったり、きちんと家事をやったり…生活に関わるひとつひとつのことをきっちりやっていくことで、暮らしを整えること」というイメージを持たれているようです。

一方、このような生活はあたかも、元からある何かしらの計画に基づいて、淡々と生活を営むことのようにも見えます。しかし、「ていねいな暮らし」、つまり「暮らしを整える」ということは、果たして本当にこのようなものなのでしょうか?

「ていねいな暮らし」という言葉を考える際に、参考になるのが、フランスの文化人類学者・哲学者クロード・レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」という概念です。

この「ブリコラージュ」とは、「器用仕事」や「寄せ集め細工」などという意味で、限られた持ち合わせの材料や道具を組み合わせることで、その時に必要なものを作ることを指します

レヴィ=ストロースは、この「ブリコラージュ」は、昔から現代までも様々な文化・人々の間で生き続けている思考のあり方であり、「エンジニア」のように初めから計画や設計図を作ってそれに沿ってものを作ろうとする西洋特有の「科学的思考」とは異なるものだと指摘しています。

器用人(ブリコルール)(ブリコラージュをする人)は多種多様の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアとはちがって、仕事の一つ一つについてその計画に即して考案され購入された材料や器具がなければ手が下せぬというようなことはない。彼の使う資材の世界は閉じている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合でなんとかするというのがゲームの規則である。

『野生の思考』
※丸括弧内は筆者が加筆。


また、これらの持ち合わせの材料は、決して計画的に集められたものではなく、「なんか役に立ちそう…」と思って捨てずに取っておいたものや「たまたまそこにあった」だけのもので、その使い道ももともとはバラバラなものなのです。

しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりがない。なぜなら、「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果できたものだからである。

『野生の思考』


この「ブリコラージュ」は私たちが普段の生活で、実は何気なくやっていることに近いのです。
例えば、野菜炒めを作ろうと思ったとき、普通であれば、材料を買ってきて、準備をした上で作ると思います。これは、先ほどの「エンジニア」のような合理的・設計図的な考え方に近いと思います。
しかし、時には、買い物がめんどうくさい、または、コロナ禍の現在のように、気軽に外に出られない時もあります。その時、「もともとに野菜炒めに使うために買ったものではないけど、たまたま冷蔵庫の中にあったものを使って野菜炒めを作ってみた」、なんてこともあるかもしれません(これが案外美味しかったりするのですが…)。これは、ある意味、「ブリコラージュ」なのです。

では、この「ブリコラージュ」を行うためには、どのようなプロセスが必要なのでしょうか。レヴィ=ストロースは、以下の3つのステップに分けています。

まず、手元にどのような道具や材料があるのかを調べる。
材料や道具を調べ上げ(「対話」を行い)、それらをどのように活用できるのかを列挙してみる。
考えた活用方法の中から、どう使うのかを決める。

ここで大切なことは、元の材料や道具が本来持っていた意味(使い道)を脇に置いて考えるということです。
例えば、「歯ブラシ」は「歯を磨くためのもの」ですが、その意味を脇に置いて、「細かいところを掃除するためのもの」という意味に置き換えてみる…など、意味を一度白紙にした上で、別の意味に置き換えてみることが「ブリコラージュ」では大事になるのです。
ただし、材料や道具を活用できる範囲には限界があります。そのことも忘れてはなりません。

さて、冒頭の話に戻りますが、「ていねいな暮らし」とは、何かをするためにその都度、設計図を描いて、それに沿って、新しいものを買って何かを作ることなのでしょうか?そうではないと思います。

私たちの「暮らし」というのは、計画通りに何事も進むわけではありません。偶然の出来事や自分ではどうしようもないことも多くあります。その中で、それらの偶然な出来事も含めて、ちぐはぐでもひとつの形に紡いでいくことによって私たちの生活は成り立っています。

ちなみに、「ブリコラージュ」の語源になっている「ブリコレ」という言葉には、ボールの跳ね返りなど偶然の動きという意味があります。つまり、もともと、偶然にあふれる私たちの毎日の中で、手元にある何かをつなぎ合わせて、新しいものを作っていくという意味合いも「ブリコラージュ」という言葉には含まれているのです。

そう考えると、手元にあるものと「対話」を繰り返し、ていねいな裁縫仕事のように、日々を楽しみながら、つなぎ合わせていく、つまり、「ブリコラージュ」していくことこそが、現代−特に、コロナにより生活のあり方が見直されている最近−では、「ていねいな暮らし」と言えるのではないでしょうか。

著=ただっち/「不安を力に変える ゆるっと哲学」(ぱる出版)


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書籍情報

不安を力に変える ゆるっと哲学

不安を力に変える ゆるっと哲学

作者:ただっち (著), 小川仁志 (監修)

発売日:2020/07/20







『不安を力に変える ゆるっと哲学』

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