「学校休ませて」から始まった…学校に行けない娘を見守り続ける198日間 野原広子さんインタビュー(前編)

#育児・子育て 
今日だけ学校休ませて

元気で友達も多く、不登校とは無縁だと思っていた娘が突然言い出した「今日だけでいいから学校休ませて」。まさかそのまま学校に行けなくなってしまうなんて…。レタスクラブの人気連載『消えたママ友』『離婚してもいいですか? 翔子の場合』でおなじみの野原広子さんが、不登校になった娘のことを書いた『娘が学校に行きません』。学校に行けなくなってしまった娘とどんな日々を送り、どうやって解決の糸口を掴んでいったのでしょうか。著者の野原広子さんにお話をお聞きしました。

娘に背中を押されて書いた実体験だからわかること

お母さん、お願いがあるんだけど

――野原さんのデビュー作である『娘が学校に行きません』(2013年刊行)。我が子の不登校というテーマでコミックエッセイをかいたきっかけは?

「当時いろいろなことがあって心がポッキリと折れてしまい、1年間くらい仕事もせずにただボケーっとした日々を過ごしていたんです。それをみかねた娘から『何かしなさい』と怒られまして。
それ以前はイラストの仕事をしていたので、娘から『マンガでもかけるでしょ?』と背中を押されたんです。それなら前から気になっていた『不登校』のことを、やさしい感じで伝わりやすいコミックエッセイとして描いてみようかな、と思ったのがきっかけです」

「その何年か前に娘の不登校を経験していたのですが、娘が学校に行けなかった時期に学校で辛いことがあって自殺してしまった子どもたちの悲しいニュースが多く流れていて、自殺するくらいなら学校には行かないということを選んでいいんだよ、という思いがあったんです。
この本は不登校の時期のことを書いていますが、『不登校のすすめ』として書いた本です。親としても『不登校』という選択をするには出口のないトンネルに入っていくような不安を感じると思うのですが、出口までこんなだったよ〜という体験談があれば不安が和らぐのではないかと期待を込めて」

薄々感じていた兆候。ある日突然「学校を休みたい」と言われて

私、このお母さんでよかった…

――「今日だけでいいから学校休ませて」と最初に言われた時の心境を教えてください。

「まったく不安はありませんでした。もともと元気で明るい子だったので、1週間も休ませればすぐに元気になると思っていました。むしろ久しぶりに見た泣き顔を『かわいい』とさえ思いました」

――もともと友達も多く、毎日元気に登校していた子が、ある日突然学校に行けなくなってしまうことに驚きました。不登校になる前になにか兆候などはありましたか?

「小学校から帰ってきた子どもの顔を見れば『今日はいいことがあったな〜』とか『何か悪いことしてきたな…』とか、どんな出来事があったのか想像がついたので、この頃ちょっとしんどそうかなというのは感じていました。それと、娘はしんどいときは腕を組んでくるなどくっついてくる行動が多くなるので、そのサインも出ているなと、兆候は見られました。
なので、もし本当にしんどいと言われた時には休ませてあげようと大きく構えていたんです。で、実際『休ませて』と言われて『いいよ』と受け止めたわけですが。そのお休みがまさかそんなに長引くものだとは思いもよらず…」

不登校の理由を詮索せず、一緒にのんびり過ごした日々

――不登校になった娘さんとどんなことをして過ごしましたか? これはやってよかったと思うことはありますか?

「一緒にご飯を作ったりドライブしたりテレビを見たり、娘の心が穏やかになるようにゆっくり過ごすようにしていました。でも、娘にとってはそれが悪いことのように感じるときもあるようで本当に難しかったです。
お昼寝はおすすめですね。娘も疲れていましたが、私も元気なふりをしているだけで本当は疲れていたのでよくお昼寝してました(笑)お昼寝じゃなくても、今は疲れてるんだからだらけていいんだ!と頑張らないことがおすすめです」

こんなときは旅に出よう!

――不登校になっている間も、一緒にDVDをみたり旅行に行ったりと、母娘の関係性は良好な感じがします。そのような関係性を保つことができたのはなぜでしょうか?

「今思えば、初日に『休んでいいよ』と受け入れてあげたのが良かったような気がしています。その時『このお母さんでよかった』と言われたのですが、そのセリフを聞いて、結構切羽詰まっていたのだろうなと思いました。
それと、私の父親(娘からするとおじいちゃん)からの助言で『そのうち元気になるから大丈夫』ということと『何があったか詮索したり、解決しようとするな』という念を押されてまして、それもよかったのかと思います」

親と先生たちとの連携プレーで不登校を乗り越える

保健の先生は変わっていなかった

「生きるよろこびからみつけようか」

――「まず生きるよろこびからみつけようか」保健室の田辺先生の言葉にグッときました。田辺先生はお母さんからみてどんな先生でしたか?

「本にも書いたとおり、光でしたね。暗い迷路の中でこっちだよ〜って、灯りをさしてくれる人。私自身子育てしてきた中で、こんなにも頑張ってもどうにもならないことがあるのだと途方に暮れたのですが、『娘の方がもっと途方に暮れている』と気づかせてくれたのが保健室の田辺先生でした。
田辺先生は何人もの学校に通えなくなってしまった子どもたちを見てきているのと、娘の入学当時から成長を知っているので、性格や周りの友達との関係も把握してくれていて本当に心強かったです。全てに心を閉ざした娘が田辺先生には心を開いたということが解決への小さな糸口になりました」

田辺先生の一言で強くなれる

保健室の田辺先生をはじめ、たくさんの大人たちの連携プレーが素晴らしかったです。やはり不登校を乗り越えるには、信頼のおけるプロに出会うことが鍵になるのでしょうか?

「我が家の娘の場合はそれが鍵になりました。プロというだけでなく、“信頼のおける”というのがポイントだと思います。どんなにすごい先生でも娘が心を開かなかったらダメだったのではないかと思います。
同じ学校で不登校になった子が他にもいたのですが、同じように先生方がチームになって対応しても教室に戻るという選択をしなかった子もいたので『これが正解!』というのはないように思いました。でも、教室に戻れなかったけれど、先生たちが自分のために一生懸命手を尽くしてくれたのはとても嬉しかったとそのお子さんのお母さんから聞きました。
たとえ不登校を乗り越えることができなかったとしても、その時寄り添ってくれた誰かがいてくれたということは、その後もその子の心の支えになるのではないかと思います」

――焦らずゆっくりと見守る姿勢で不登校の娘と向き合った野原さん。たくさんの大人たちが見守る中で、次第に状況が変化していきます。▶後編はこちら

取材・文=宇都宮薫

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