「お母さんが一緒にいてくれたから幸せだった」不登校の日々を振り返って思うこと 野原広子さんインタビュー(後編)

#育児・子育て 
お母さんが悪かったよ

元気で友達も多く、不登校とは無縁だと思っていた娘が突然言い出した「今日だけでいいから学校休ませて」。まさかそのまま学校に行けなくなってしまうなんて…。レタスクラブの人気連載『消えたママ友』『離婚してもいいですか? 翔子の場合』でおなじみの野原広子さんが、不登校になった娘のことを書いた『娘が学校に行きません』。学校に行けなくなってしまった娘とどんな日々を送り、どうやって解決の糸口を掴んでいったのでしょうか。著者の野原広子さんにお話をお聞きしました。前編に引き続き後編をお届けします。


今の娘は「傷ついて保護されたアザラシ」

――勉強を強制せず、保健室で好きなビーズ細工をやらせてくれる学校の環境も娘さんの心にプラスの影響を与えたように感じました。でも親として勉強についていけなくなるかもという焦りはありませんでしたか?

「勉強に対する焦りはすごくありました。焦りまくりです。でも、校長先生の「けして、あせってはいけません」という言葉をひたすら信じて焦りを隠していました。先生方が言うには、当時は勉強よりもまず、心の元気を取り戻すことが大事とのことでした。ビーズ作りは娘の心を落ち着けるのにも元気を取り戻す手段としても、後々の人とのコミュニケーションのきっかけとしてもとても良いことでした」

保健室に登校する日々

「本には書いていませんが、実は私もイライラしたときはチクチクとコースターを縫っていました。じっとしてるといろんな嫌な感情とかイライラが出てきてしまうので、ひたすらチクチクして心を落ち着けていました。結果、ものすごくたくさんコースターができました(笑)
時が経って分かるのですが、親が焦ると子どもも焦る。親の焦りが子どもを不安にさせてたなぁ、ととても反省しています。保健室の先生や小児科の先生と出会ってからは我が子と思うと焦るので「傷ついて保護されたアザラシ」と思うようにしていました(笑)

あんたボロボロだったのね…

――我が子が学校に行かなくなったら、すぐにでも登校させようと焦る親は多いと思いますが、この作品で「待つ姿勢」の重要さを学びました。子どもが学校に行く気になるまで待つというのはどんな心境でしたか?

「不登校、本当に大変です。修行でした。心は焦りまくっているのに、穏やかな顔で子どもに寄り添う。怒りが爆発しそうなときは先生の言葉を思い出して、心を落ち着ける。マックスで大変だったのは2ヶ月目くらいだったと思います。どうしても学校に行かないという娘を受け入れることができなかったんですね」

お母さんのカウンセリング

6年生になるまで…あと7か月!?

「校長先生と初めてお話しした時に、教室まで戻る目標を遠くに置かれた時には『ありえない!』と怒りとともに思いました。後に先生が設定した目標は現実的だったとわかるのですが、そのころの自分は地図を持たずに山に登っているようなそんな気分でした」

振り返れば幸せだった娘と密に過ごした日々

毎日学校に行ってます

――無事に登校できるようになったあと、不登校期間があったことで何か困ったことなどありましたか?

「親としてはないですが、子ども自身はあったと思います。実際に教室に戻って元気に過ごしていたように思いますが、本来の娘に戻るまでには1年くらいかかったように感じています。再び教室に通うようになってみて改めて、中途半端にエネルギーを充電した状態で教室に戻してはいけないんだということは感じました」

――すでに成人されている娘さん。大人になった今、どんな毎日を過ごしていますか?

「今は社会人として働いています。初めての一人暮らしを始めて楽しく過ごしているようです。今回の取材で娘が学校に行けなかった頃を思い出してみたのですが、ごく普通の何気ない成長を見られるということは本当に嬉しいことだなあとしみじみ思いました。あの頃、娘に寄り添ってくれた先生とお友達に本当に感謝しています」

――改めてお伺いします。子どもが手を離れた今、この当時のことを振り返ってみてどう感じますか?

「不登校は子育てしてきた中で一番の大変な出来事だったのですが、娘と密に過ごせた貴重な時間だったと思います。一緒にお風呂に入るというのもその頃すでに終わっていたのですが、不登校の時期は一緒にお風呂に入り、庭でお弁当食べたり、昼間からお買い物に行ったり、海をただ眺めに行ったり。娘が幼い頃に戻ったような楽しい時間として記憶がすり替えられています。都合いいな〜と思われるかもしれませんが、都合よく考えることにしています。
娘が中学生の時に不登校の時のことを「あの頃は幸せだった」と言ったことがあったのですが、その理由を聞いたら「お母さんが一緒にいてくれたから」って言ったんです。
涙が出ました。
当時、校長先生が早く教室に戻そうと焦る私に「お母さんはただ笑ってそばにいるだけでいいんです」って言っていたのは本当だったのだなと改めて思いました。また、当時の夫が一切娘のことを責めないでくれたことが本当によかったと思っています。 あの時責めないでいてくれたから今でも父娘関係がとても良好であるのだと思います」

子どもと一緒に沈み込まず、元気になるよう見守って

――今現在子どもの不登校に悩んでいる人にアドバイスがあればお願いします。

「まずは『お疲れ様です』と『お子さんを避難させてくれてありがとうございます』と言いたいです。不登校へのアドバイス、考えてみたのですが…素人がアドバイスできることではないと感じます。経験した立場だから言えるとしたら、お父さんやお母さんがなんとかしようとがんばりすぎないほうがいいかもしれないということ。本の中にも書いたように、知識がないのにあれこれ手を出したことが子どもの傷口を悪化させてしまったのではと反省しているので」

「相談するのは、お子さんのことを以前から知っている専門知識のある方がおすすめです。うちの場合は保健室の先生と小児科の先生でした。どちらも幼い頃から娘のことを見ているので娘の心も開きやすかったように思います。
我が家がラッキーだったのは、赴任してきたばかりの校長先生が登校拒否の専門の先生だったということです。でも、実のところ娘は校長先生には心は開いておりませんでした。なので校長先生だけでは、はたしてどうだったのだろう?と思われるわけです」

「親御さんへのアドバイスは、子どもと一緒になって沈み込まないようにしてもらいたい、ということです。寄り添うのはいいのですが、親まで落ち込んではダメです。家庭ごと沈んでしまいます。悩んでいるのは子ども。元気になるように見守るのが親。と分けて考えてください。何を根拠に?と思われるかもしれませんが、『大丈夫大丈夫。なんとかなる』と嘘でも明るくしてください。そして子どもから見えないところで、時々吐き出してくださいね」

◇◇◇

当時と比べて、世の中の不登校への理解はずっと広がっていると野原さんは言います。本当に学校に行くのが辛いのなら、親もお子さんも「今はいろいろな選択肢があるから大丈夫」と心の緊張を取って、焦らずゆったりと見守ってあげることが大切なのかもしれませんね。

取材・文=宇都宮薫

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