レシピを暗記する vol.11「考えごとで家事を楽しむ」 山崎ナオコーラのエッセイ

#くらし   


 それは、間違いだった。レシピは、作る前にすべての文章に目を通しておかなければならない。そうしなければ、家にオーブンなどないのに「オーブンで焼け」、食事まで二時間しかないのに「冷蔵庫で半日寝かせろ」といった驚愕のストーリー展開に出くわし、てんてこ舞いになる。「オーブンで焼け」と言われたあのとき、結局どうしたのか今は忘れてしまったが、無理やりフライパンで焼いて、いまいちな味にしたかもしれない。

 それ以来、レシピは全部読んでから作るようになったのだが、そうすると、「何度も読むのは、面倒だな」という気持ちが湧いてきた。

 一度読んだら、再読などしたくない。できたら、一度読んだときに暗記したい。料理はスピード勝負だ。一気に作りたい。

 まあ、独身の頃の「ごくたまにお客さんのためにレシピを見ながら作る」という行為は楽しかった。おいしいものを作りたい、という気持ちも大きかった。

 でも、子どもが生まれて、仕事も慌ただしくなると、料理にクオリティを求める心が小さくなってしまった。

 やがて、「寝転がってレシピを読んで、なんとなく暗記をしてから、急いで適当に作る」ということをやり始めた。

 疲れているので、ごろごろしながら雑誌や料理マンガを読む。そこに書いてあるレシピを暗記すれば、「横になって疲れを癒す」と「料理の準備」と「頭の体操」という三つのことが、いっぺんにできる。『レタスクラブ』でこんなことを書いていいのかわからないが、私は再現率が六割ぐらいの料理で満足してしまう人間に成り下がった。

 DJみそしるとMCごはんというアーティストを最近知った。レシピを歌っている。「紙やWebのレシピでは台所で使用する際に不便なことが多いので、『歌って覚えられるレシピ』というコンセプトで制作」とウィキペディアで紹介されている。そうそうこれだよ! とファンになった。暗記して歌いながら料理したい。

文=山崎ナオコーラ イラスト=ちえちひろ

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Information

■著者:山崎ナオコーラ
1978年福岡県生まれ。埼玉県育ち。2004年『人のセックスを笑うな』で作家デビュー。エッセイ集に『指先からソーダ』『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』などがある。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。初めての絵本『かわいいおとうさん』(絵ささめやゆき、こぐま社)も刊行。
山崎ナオコーラさんのTwitter

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