雑誌『レタスクラブ』で連載中の山崎ナオコーラさんのエッセイ「考えごとで家事を楽しむ」をレタスクラブニュースでも特別公開!

家事に仕事に子育てに大忙しの毎日。実体験に基づいた言葉で語られるからこその共感や、生活を楽しむためのヒントが隠されています。

今回は、vol.20「文章だけのレシピ」をお届けします。

文章だけのレシピ vol.20「考えごとで家事を楽しむ」 山崎ナオコーラのエッセイ 画像(1/1) 山崎ナオコーラさんのエッセイを連載中! 今回はvol.20「文章だけのレシピ」をお届けします

 先日、新聞をぱらぱらめくっていたら「向き合うべきは…料理研究家・有元葉子さんの脱レシピ論」という見出しの記事と出会った(『朝日新聞』二〇一九年五月二十七日朝刊)。

 有元さんは、ここ数年で、細かいレシピのない料理本を三冊、シリーズで出版したという。「ここにきて、もういいじゃないと思いました。レシピ依存になっていませんか?と問いたかったのです。『レシピ通り』に気をとられ、鍋の中とじっくり向き合えていない方が最近、増えたように感じます」と有元さんは語る。

 三冊というのは『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』『ごはんのきほん レシピを見ないで作れるようになりましょう。』『ふだんの洋食 レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(いずれもSBクリエイティブ)のことらしい。早速、買ってみた。

 読みながら、私は深く頷いた。

 というのは、私は「レシピ本を、小説やエッセイと同じような感覚で読みたい」という願望をずっと持っていたからだ。

 私は夢中になるのが苦手なたちで、恋愛しても我を忘れない性格だ。本を読むときだって、自分のままでページをめくりたい。だから、ジェットコースターのような小説や、途中で閉じることができなくて眠らずに読み続けることになる本よりも、飛ばし読みも許されるような、途中で閉じられる本が好きだ。

 私は作家で、本を作る側になることもあるのだが、やはり、「途中で閉じられる本、飛ばし読みもOKな本を作りたい」と思っている。

 小説は、読者のものだ。どう読んだっていい。テキストはひとつだが、小説は読者の数だけある。テキストはきっかけに過ぎず、読者の脳がそのきっかけから何かを作ることで、小説ができあがる。

 国語の勉強では、「作者の意図を捉えよ」といった読解が必要なことがあるが、普段の読書は違う。読者が楽しく考えごとができれば、それだけでいいのだ。作者の意図なんてほったらかしで良い。

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